幕間 音声オンリーお風呂配信
諸君、HAISHINのSはサービスのSだと知っているだろうか?
つまり、配信者はリスナーに対してサービスをしなければならない。
そう、たまにはサービス配信をしなければならないということだ!
「ということでお風呂配信をしてほしい」
俺は三人の前――クロ、ニシカ、ディヴァリアに土下座をしている。
「は?」
ニシカは、そこらへんに落ちている犬の糞に対してよりも冷たい眼を向けてきている。
まぁ、当然だ。
いきなりお風呂配信をやってほしいと言われたら、このくらいのリアクションが普通だろう。
一方、クロとディヴァリアは――。
「ヤマダさんが必要だというのなら、信じてやってみます」
「あらあら、ママの肌をそんなに見たいの?」
意外と乗り気だ。
それはそれでちょっと怖いが。
ただ、少し誤解を解いておかなければならないだろう。
「お風呂配信と言っても、映像はオフで音声のみだ。それに最近始めたメンバーシップのリスナー向けだから、別に全世界の人間が視聴するわけじゃないぞ」
メンバーシップというのは、月額有料会員――いわゆるサブスクというやつだ。
月額もお昼一食分くらいなのでお手頃価格となっている。
今、これを実験的に導入するために、最初にガツンとインパクトあるメンバーシップ限定配信が欲しいのだ。
「しかし、ヤマダ――じゃなくて、側近よ。映像無しだとしても、音は必要だから余たちの近くにはいるのだろう、貴様が」
「……あっ」
俺は完全に忘れていた。
前前世の世界なら防水スマホを使って音だけ配信していたのだが、こちらはスマホの代わりに俺なのだ。
音だけとはいえ、俺も一緒に風呂に入らなければならない。
機械の身体なのに冷や汗が出てきた。
「ごめん、やっぱ無しで」
「さぁ、ヤマダさんお風呂へ行きましょう」
「あらあら、一度言ったのだから最後までやらないとね」
しまった、ノリノリだったクロとディヴァリアに腕を掴まれて誘拐される宇宙人みたいな図になってしまっている。
身体が小さく貧弱なクズカメラでは抵抗できない。
ここは反対派であるニシカに助けを求めるしか――。
「ほう、あの側近が押し負けているというのも希有なことじゃのぅ。これは愉快、せっかくだから余も乗ってやるか」
「それって悪乗りっていうんだぞニシカかぁぁあああ!!」
そんなわけで、お風呂場へ連行されていくのであった。
――そして現在、俺は年頃の女性三人とお風呂に入ることになった。
カメラアイにはタオルが巻かれているのだが、少し緩いので不安だ。
石膏で頭部を固めたいまである。
<お風呂配信と聞いて>
<べ、別にお風呂配信なんて興味がないけどたまたまやってたからそうたまたまなんだよだから本当に別にお風呂配信なんて興味があるわけじゃなくて>
<興味あります>
<普段は見れない特別な配信って背徳感あるよな……>
<でも音だけ? それなら別にいつもの雑談みたいなものだろ>
「甘いッッ! 映像が無くとも、音だけの方が研ぎ澄まされる感覚、想像力が増大されるというのもある!!」
<ヤマダうるせぇ!>
<耳が死ぬぅ!>
<みんな期待して音を大きくしてるのがバレる>
「あらあら、もう配信始めてるの? 我慢できない子は……めっ!」
風呂場の戸が開く音がして、ヒタヒタと素足の音が聞こえてきた。
この『あらあら』はディヴァリアだろう。
<ディヴァママきたぁぁぁああ!!>
<あ、あのわがままボディが……くっ、音だけでも想像してしまう!!>
<ママの音がする……>
「じゃあ、次は私ですね」
<クロきたー!>
<この素朴な感じもいいね>
<一緒にお風呂でゆったりしたい>
「余もいるぞ!」
<ニシカって、一応は王族だけど大丈夫なのか……>
<年齢的にも危険だけどな!>
<映像があったら一発でBAN>
というわけで、三人揃ってしまった。
俺は音だけなのでわからないが、水の流れる音がしたあとに、湯船に三人が入ってくる気配を感じる。
「ほら、側近。余たちと一緒にお風呂に入れて光栄に思うがよいぞ?」
この右から聞こえるのはニシカだな。
問い掛けっぽいが、ここで返事はしない。
リスナーたちに没入感を増してもらうために、俺は身体のジェスチャーだけで反応をする。
「あらあら。どうしたの? 緊張したの? ママがマッサージでほぐしてあげようか?」
たぶん左にはディヴァリアがいて、こちらの肩を揉んできている。
急いで『感触はリスナーに伝えられないんだ!!』とカンペを出す。
そこにクロがフォロー。
「ヤマダさん、肩をマッサージされて気持ちよさそうですね」
前でクロがそう囁くと、頭の耳辺りに手の感触が。
「じゃあ、私もヘッドマッサージしてあげますね。ほら、ぐりぐり、もみもみ、にぎにぎ」
ぐぁぁぁああ!!
クロの配信者としての天性の才能が、まだ教えてもいないASMRを先取りしてしまっている!!
<音声だけでもすごいな……>
<いや、音声だけだからこその芸術だ……これは……>
<耳が幸せ>
<週末の疲れが全部吹っ飛んだ>
<課金してよかった……>
<ここが楽園>
どうやらリスナーたちも満足しているようだ。
「あ、あらあら、あらあらあら……なんかコメントを見てたら急に照れくさくなってきたわね……」
「ば、馬鹿者! 思っていても言わずに我慢をしていたというのに!! 愚民共に聞かれて心が揺れてしまうなど、王族にとってあるまじきこと!!」
「あはは……実は言うと私もちょっと恥ずかしいですね」
<うおおおおお!!>
<恥じらい◎>
<オレたちもドキドキしてるぜ!>
<ちょっと知り合いにもオススメしてくるわ!>
<メンバーシップ加入者がどんどん増えてるな>
<恐ろしいコンテンツだ……>
「でも、色々と頑張ってくれたヤマダさんを癒やすためでもある、ってさっき三人で話したんですよ」
「そ、それは秘密だって!!」
「あらあら、ニシカちゃんが一番賛同してたのにね」
<これがツンデレってやつかー!>
<配信の裏でも仲がいいのね>
<むしろニシカは配信の裏では良い子とバレたらダメだろw>
<何かカメラが震え始めた>
お、おまえら……。
つい、三人の心意気にジーンときてしまう。
「は、恥ずかしいから、もうこのくらいで良かろうよ、側近」
それとこれとは別である。
冷静にカンペで『お風呂配信なら、きちんとやりきってからだ。まずは身体を洗っている音を聴かせよう』と指示した。
「あらあら、身体を洗っている音でいいの? それだけ?」
<そんなの放送禁止のエロさだろ……>
<やばい、耐えてくれオレの身体>
<くそっ、なんて恐ろしい配信なんだ!!>
「……えーっと、よくわからないけど、リスナーさんたちは喜んでいますね」
「り、理解できん……愚民たちは音だけで何をそんなに……」
これはやっている側ではなく、実際に聴く側にならないとわからないだろう。
もう、今リスナーは音だけの世界にいて、耳からの情報がすべてとなっているのだ。
逆に言えば、普段は何でもない音からでも、世界すべてを想像できてしまう。
声や音というのは、それほどまでに重要なモノにもなり得るのだ。
気配的に三人はお湯から出て、身体を洗うことにしたらしい。
ちなみに三人は普段からお風呂好きなので、別に身体が汚れているわけではない。
「えーっと、口に出さないといけませんよね。私はまず腕から洗いますね。ゴシゴシと普通に」
<うおー!! 腕からか!!>
<腕からキタァー!!>
<ほう、腕からですか。手は全身の中でも神経の数が多いとも言われるので、まずはそこから攻めるのも良いかもしれませんな>
<クロ様の綺麗な腕が……見える、私にも見えるぞ!! カメラララァ!!>
……どうやら腕だけで興奮できる強者もかなりいるらしい。
癖とは奥が深い。
「余は脚からであるな。特に理由はない。……こ、こんな報告でいいのか?」
<脚>
<脚だと!?>
<脚は刺激が強すぎるだろ>
<装備が重そうだから脚に筋肉ありそう>
<ふ、太ももがあるところだよな……脚って……ゴクリ>
<衛兵さんここです>
脚でドキドキしてしまうのはわかる。
ただでさえ普段でも絶対領域と呼ばれるような部分だったり、太い太ももが属性でトレンドになっていた時期もあったりした。
それほどまでに脚というのは魅力的なのだろう。
「あらあら。それじゃあ、あたしが洗うのはここ! おっぱ――」
「それはBANされそうだから言葉を濁してくださいねぇーッッッ!!!!!!!!」
<ヤマダうるせぇ!!>
<急に遮んな!!>
<ヤマダァァァァアア!!>
<ギリ鼓膜が耐えた>
緊急事態だから仕方がないだろう。
最近だと配信のセンシティブな文字や肌色率だけではなく、音声の意味まで読み取ってBANするケースもあるのだ。
「ヤマダさん、ちょっとこっち来てください」
「ん?」
クロに手を引っ張られ、湯船から上がった。
いったい何なのだ?
「今からヤマダさんの頭を洗うので、その音を聴いてくださいね」
<頭を洗う音かぁ>
<それって良いものなのだろうか?>
<何か普通のことに思えるけど>
甘い、まだリスナーは知らないのだ。
頭を洗うわしゃわしゃは、それすなわち自分が頭を洗ってもらっているような感覚になれることを。
好きな配信者さんに頭を洗ってもらっていると想像すると、それはもう――。
「はーい、じゃあ、洗いますよ。わしゃわしゃわしゃ……」
<んぉお”!?>
<これはなかなかの破壊力でござるな……>
<天にも昇る気分>
「あ、何か面白そう。余もやる、お母様にされてたときみたいに……かゆいところはない? どう、気持ちいい?」
<まさかのニシカに芽生える母性>
<に、ニシカママァァアアアア!!>
<衛兵さん、ここです>
「あらあら油断してる、ふーっ」
耳元に息を吹きかけられてビクッとしてしまう。
当然、それはリスナーへも直撃して。
<あふん>
<耳が孕んだ>
<もうそろそろ人の形を保てなくなっちまう……>
俺もそろそろ身体が持たない――と思っていると、光が見えてきた。
きっとアレは救済の光に違いない……って、俺は別に崇めてる神とかいないし、なんの光だこれは?
いや、待てよ……この光って……まさか外からの……。
さっきビクッとしたときにタオルがズレていたとしたら……まずぅぅぅぅぅぅうううういいいいいいッ!?
俺のカメラアイに巻き付いていたタオルが外れ、髪や身体を洗い終わった全裸の三人が目の前にいた。
<うおおおおおおおおおおおお>
<なにいいいいいいいいいいいいいいいいい>
<神よ>
<いやっほおおおおおおお!!>
<ヒャッハー!!!!!!!>
<もう最期でもいい>
<えええええええええええええええええええええ>
<よくやったヤマダ!!>
「オワタ」
つい声が出てしまった。
急いで後ろを向いてタオルをまき直すも、ミミルから秒でメールが来る。
アカウントBANのお知らせだろうか。
ここ最近で一番の緊張を伴いながら、メールを開く。
『局部などは奇蹟的に手や髪ブラ、カメラに付いた水滴などで隠されていたので、レッドカードではなくイエローカード止まりとしておきます。今後はお気を付け下さい』
首の皮一枚で繋がった。
ただし、後ろから桶でメチャクチャ殴られている。
たぶん怒ったニシカだろう。
恥ずかしそうな呻き声っぽいのを出しているクロと、混乱しているっぽいディヴァリアのあらあらも聞こえる。
何かもう色々と大変なので、次のメンバーシップ限定配信はもうちょっとアクシデント対策をしてからにしよう、うん。
***
配信はまだ続いている。
お風呂から上がった三人は、私服のパジャマに着替えていた。
<こういう一面もいいよね>
<かわいい>
<ギャップ最高>
<うおおおお!! 三人とお泊まりデートしている気分だ!!>
もうここまで来たらやりきってしまえという状況だ。
俺はカンペを『耳かきをしてくれ』と出した。
耳かきをされるのは、マイクも兼ねている俺の耳だ。
「耳かきを誰かにするのは初めてですね」
「余も」
「あらあら、同じく」
何か嫌な予感もするのだが、身体を張るしかない。
「それじゃあ、余が耳かきをしてやる! 光栄に思え!! うりゃああああ!!」
耳かきのかけ声じゃない、待て、怖――うぎゃあああああああ!!
ガッ、ゴツッ、ゴリッ、ズボボボボボボ、メキメキッ。
聞こえてはいけない音が聞こえる。
<ひえっ>
<耳がああああ……って、これヤマダがやられてるのか>
<リアルな破壊音>
<なむあみだぶつ>
右耳が物理的に破壊された。
ASMRなのにモノラルになってしまった。
「あらあら、じゃあ平気そうな左耳に耳かきをするわね」
ディヴァリアは棒立ち失神手前の俺に対して、左耳に耳かきを入れてくる。
ショリショリ、コショコショと程よい感じだ。
さすが母性ロールプレイの固まり。
<ママァァァアアア>
<あー、恋人に耳かきされるってこんなのだったわ……経験ないけど>
<良い感じ>
どうやらリスナーも喜んでいるようだ。
その光景をクロはジーッと観察して、何か思いついたようだ。
「こうやった方がやりやすいんじゃないですかね?」
ディヴァリアの耳掃除が終わった俺を、今度はクロがやってくれるらしい。
こちらの身体を優しく持ち上げてから、自分の太ももに――ひざまくらしたのだ。
<なにぃ!?>
<ただでさえ距離感の近い耳かきにひざまくらを合わせるだと……>
<天才の発想>
ま、まだそんなことは教えてないのに……恐ろしい子……。
「耳かきはさっきしたから……反対側のポンポンを入れちゃいますね」
反対側のポンポンとは、白いたんぽぽの綿毛のようなモノで正式名称は梵天と言う。
ちなみにこれも以前、この世界に普及させたものだ。
まさかASMRで実際に使う日がこようとは……。
「ぽふぽふ……ぽふぽふ……どうですか? 気持ちいいですか?」
<おふぅ……変な声が出ちゃう……>
<人をダメにする配信>
<耳かき+ひざまくら+梵天……凶悪すぎる組み合わせ>
<気持ちよくて眠くなってきちゃうな>
その通り、ASMRで安眠するというリスナーも多いと聞く……現に俺も心地よくて眠くなって……クズカメラの身体なのに不思議だな……。
「あれ? ヤマダさん、寝ちゃいましたか?」
「あらあら、よっぽどお疲れだったみたいね」
「起きろ、側近が余よりも早く寝るとは何事だ――と言いたいところだが、その働きに免じて許してやろう。今日は英気を養い、また余のために働くのだぞ」
「おやすみなさい」
「あらあら、おやすみなさいませ」
「おやすみ、ご苦労であった」
Zzzz……。
***
――一方その頃、実はメンバーシップに入って配信を観ていたバド・バズが頭脳を閃かせていた。
彼らのアジトの中で大声が響き渡る。
「よっしゃ!! パクるぜ!!」
「私が言えたことじゃないけど、ホントいつものパターンって感じよねぇ……」
オッツ・ボネール(本人)は呆れながらも、バド・バズと一緒に配信はするようだ。
椅子に座りながら気怠げな表情をしている
「エロ!! さっきのすごくエロかったからやるしかない!!」
エロガ・パーは本能だけで生きてる。
いつものように何も考えてないような表情だ。
<この三人でASMR配信は無理だろ……>
<どうやっても向こうに勝てない>
「おいおい、向こうにはなくて、こっちにはあるもの……わかるだろ?」
<下品さ>
<不人気>
<炎上>
<すべて持ってない>
「そう!! この超絶イケメンなオレ様がいるってことだぜ!!」
<きっっっっつっっっっ>
<でも、いるらしいんだよな……ダメ男好きのバド・バズ好き女リスナーが……>
<ちなみにオレは女だけど見世物小屋の珍獣感覚で視聴してる>
「さぁ、イケメンASMRを聴かせてやるぜぇー!! ……えーっと、何か音を出せば良いんだろ?」
<不安すぎる>
<嫌な予感>
<もうだめぽ>
<がっ>
<ちくわ大明神>
<誰だ今の>
「このポーションの瓶を振ってムーディーな〝さざ波の音〟を演出してやるぜ!!」
バチャバチャバチャ。
<なにこれ……>
<何か向こうのASMRってやつと違いすぎるな……>
「あとはオレ様のイケメンボイスだな!! オレの歌を聞けぇーッッッッッ!!!!」
<爆音で耳がああああああああ!!>
<うるせえええええ!!>
「バド・バズ。エロ、エロが足りない……」
「おっ、そうか。そっちはオッツ・ボネールに任せるか」
オッツ・ボネールは覚悟を決めた表情をしてから、大きく足を開脚してカメラに映した。
「ハイィッ!! ご開帳よぉーん!!」
<あんまり嬉しくないパンツ>
<オッツ・ボネールの残念さがすごい>
<そもそもASMRじゃねぇ>
<恥じらいゼロで逆に清々しい>
<ここ女性リスナーがほとんどだからなぁ……>
<あれ? 画面が暗くなった?>
『このチャンネルは運営によってBANされました。理由はセンシティブ判定によるものです。ここからはミミルさんによる笛の演奏をお楽しみください』
<BANされてんじゃんw>
<悪は滅びた>
<ざ・えんどってね>




