エピローグ
爽やかな風が吹く針葉樹の森の中、木漏れ日が幻想的に地面を照らしていた。
それを家の中から眺める一人の老人がいた。
彼、もしくは彼女はベッドに横たわり、シワだらけの顔は無感情に見える。
そこへノックが響き、老人は答える。
「開いている」
「失礼します、我が神」
ドアから入ってきたのはオッツ・ボネールだった。
「こんな俺のどこが神なものか」
「この私にご教授くださった知識では、神は土塊から人を作る――つまり私を作った貴方様は神です」
「神がこんな迷いを持つ老害なわけないだろ」
「ゼウスやオーディンだって悩みや失敗くらいあったではないですか」
「……まったく、口の減らない奴だ」
「このミミルをそう育てたのは貴方様ですよ」
オッツ・ボネールは姿を変えて、ミミルへと戻った。
「面倒な役目をさせてしまったな、ミミル」
「いえ、久しぶりに義理の娘とも会えましたから」
「そうか」
「はい」
二人は不器用なのか、そこで会話が止まってしまった。
ミミルは老人のことを敬愛しているため、この時間すら幸せを感じる。
「なぁ、もうすぐ俺の寿命も尽きる。だから、最期くらいは格好悪い自分語りをさせてくれ」
「私は普段からもっと話してほしいですが、貴方様は昔から自分のことは語りたがりませんでしたからね」
「気恥ずかしいからな」
「私は貴方様のことを何時間でも、何日でも、それこそ何年でも語れるというのに」
「……勘弁してくれ」
老人は心底迷惑そうな声を出してから、自分の想いを語り出した。
「なんで転生した俺が、こんなファンタジーの世界に配信を広めたか。そりゃ配信を再び観たいというのもあったさ。好きだったからな」
「はい、私を作ったあとも面白い配信を観たいと口うるさく言ってましたからね。それこそ何十年も」
「でも、もう一つ理由があったんだ。配信に絶望して卒業してしまった推しが、もし俺と同じように転生してきたら……今度はこの世界で楽しく配信ができるようになってほしいという〝祈り〟だ」
「祈り……」
「そんなもん、妄想だ。奇跡なんて願っても叶わないのが現実だ。どうだ、お前が神と崇めた存在にガッカリしたか? 狂人が100年かけた理由の正体なんて、こんなくだらないモノだ。もう一人の俺の記憶には敢えてそこを削除してあるしな」
老人は寂しそうな表情で自虐気味に言った。
それに対してミミルは優しい表情で笑みを浮かべた。
「叶っていますよ」
「なに……?」
老人は一瞬だけ目を見開いたが、その言葉の真意はどうでもよくなった。
死にゆく者への手向けの花は、これから生きて行く者のための物なのだから。
「まったく、お前は最期まで……できたパートナーだよ」
老人は目をつぶり、呼吸を止めて静かに眠った。
ミミルは我慢していた涙がとめどなくあふれ出し、それでも気丈に言う。
「おつドラシル……。こちらの世界の配信は楽しかったですか……? リスナーさん」
老人は満足げな表情――それこそ十代のような笑みを浮かべているのだから、答えは決まっているだろう。
***
「ヒャッハー! バド・バズ様の勝利記念配信だー!!」
「余の配信枠もある」
「同じくです」
「あらあら。じゃあ、みんなね」
勝利したメンツはリスナーへのふり返りの意味も込めて、それぞれ配信をしていた。
「いや、お前らなんで……」
ただ、なぜか全員が一ヶ所に集まっていたのだ。
しかも、その場所は――。
「何で俺の家で配信をしてんだ!!」
「減るもんじゃねぇし良いだろ、ヤマダ」
「バド・バズ!! お前が配信するとリアル炎上して家が減りそうだ!!」
悪びれないバド・バズは気にせず配信を続けるのであった。
ニシカはジト目でこちらを見てくる。
「いいではないか、余も一時期住んでたんだし」
「いや、それはそうだが……」
ニシカにそう言われると反論ができない。
続いてクロは飛びっ切りの笑顔で言ってきた。
「私以外の女の人と住んでいる家が、どんな感じなのかって気になりました」
「……クロ、お前なんか怖くないか……そんなキャラだったっけ……?」
「ヤマダさんと離れたら、そうもなりますよ」
「い、意味がわからん……」
残る一人であるディヴァリアに助けを求めるためにチラッと見たが、椅子に座ってワイン片手だ。
「あらあら、現パートナーの私は余裕」
何か三人の間に火花が散っていて怖い……。
なんだこれ……。
ちょっと地獄の門が開いている雰囲気なので、気になっていたオッツ・ボネールの方へ話しかけることにした。
「なぁ、オッツ・ボネール。調子はどうだ?」
「おっ、もしかして私をスカウトするつもりぃ? しょうがないにゃ~」
「いや、それはない」
「チッ。というか、な~んか今回のことは記憶にないのよねぇ……。前日に寝て、起きたら普通に家で何もかも終わってたし」
「あ~、なるほど。やっぱりそうか」
「やっぱりって何よ?」
「いや、何でもない。気にするな。夢遊病か何かだろう」
まぁ、塔に入ってからのオッツ・ボネールは違和感があったしなぁ。
大体の行動を誘導しているような節もあったし、色々と察してしまう。
IQが高すぎる賢者は、体型が似てる程度では愚者を演じきれない。
それはそうと塔での配信はとても評判がよかった。
登録者数と同接も伸びたし、コメントでも一部を除けば好意的なものが多かった。
「複数人によるコラボ配信、か……」
前前世でもある程度成熟した配信文化のあとに、コラボというものは活発化してきた。
面白い配信者が共演することによって思いがけない化学反応が起きる。
それがクロ、ニシカ、ディヴァリアの三人でも起きたのだろう。
配信界隈を盛り上げるためには、そこらへんも考えていかなければならない。
「ヤマダー!!」
「な、なんだニシカ……涙ながらに叫んで……」
ニシカがいつもは見せないような表情でえぐえぐと泣いている。
「お前は誰と配信をしたいのだ……!?」
「は?」
「ディヴァリアだっているし、それにあのクロ様だってお前と……」
スルーしてたが、年齢的に小さいニシカが三人の議論でフルボッコにでもされたのだろう。
後ろには現パートナー余裕のワイン片手ディヴァリアと、パーティー用のナイフを自らの首元に当てる笑顔のクロがいた。
「ちゃんと誰か選べヤマダー!!」
「あらあら、もう決まってるのに」
「覚悟はできてますから……」
……地獄はここにあった。
ニシカ以外を選べば子供特有のかんしゃくで家をガンハンマーで吹き飛ばされそうだし、ディヴァリア以外を選べば俺が魔術で消し飛ばされそうだし、クロ以外を選べば無理心中を図ってきそうである。
どれも配信的に大事故だ。
コメント欄の様子も――。
<ひえっ>
<ヤマダ、遺言は決まったか?>
<誰を選んでも色々な意味で終わりそう>
<うらやま……しくはない>
<うーん、修羅場>
<絶対に家の近くに引っ越してきてほしくない>
何かもう……多少無茶でも決断をするしかないようだ。
「……クロ、ニシカ、ディヴァリア。三人とも俺のパートナーになってくれ」
「ドエロー!!!!」
「ここで急に喋るなエロガ・パー!?」
エロい雰囲気にだけ反応したのだろう。
急にワクワクした表情で楽しそうだ、どんな想像してんだ。
「エロ? エロ?」
「エロじゃない。そろそろ事務所を作った方がいいと思ってな」
エロガ・パーはエロじゃないと知ると、スンッとテンションを落として黙ってしまった。
代わりにクロたちが興味津々だ。
「事務所?」
「あー、ギルドみたいなものだな。配信者ギルドを作ろうって話だ」
「何で配信者ギルドを作るの?」
「三人でやったコラボ配信が評判よかったから、それをしやすくするためだ」
「その場合は誰のパートナーになるの?」
「社長……じゃなくて、ギルド長になるから、三人ともパートナー状態かな。俺が無理なときは別のパートナーにカメラをやってもらうけど」
一触即発の空気だったが、これでいけるか……?
たぶん人生で一番ハラハラしている瞬間だろう……。
爆弾解体でもこうはならない。
一番ヤバそうだったクロは、ナイフをスッと下げて問い掛けてきた。
「ギルドの名前はどうします?」
「そうだなぁ……配神にも認めてもらえたようだし――〝配神が支配する異世界〟なんてどうだろう」
こうして、この異世界初の配信者ギルド――ライブゴッドが誕生したのであった。
エピローグとしていますが、あと二話だけ本日中に投稿されます。




