言葉は人を殺す
実際に面と向かっての悪意と、ネット越しの悪意は性質が異なる。
面と向かっての悪意に強い人間でも、ネット越しの悪意には弱いという人間もいる。
前前世で俺の推しがネットの悪意に長い間晒され続け、自殺まで考えるくらいになって配信活動から引退したのを思い出してしまう。
とてつもない怒りがわき上がってくるのだが、今はニシカのケアの方が大事だ。
「ニシカ、大丈夫か?」
大丈夫なわけない。
そう知りながらも声をかけるということに意味があると思っている。
配信終了直後のニシカは震えて小さくなり、俯いて黙ってしまっていたからだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい……何をやってもダメでごめんなさい……逃げ続けてごめんなさい……わがままでごめんなさい……」
ニシカは何かをつぶやき続けている。
明らかに俺に対してではない、自身の過去に向かってに思える。
こんな風に怯える子供に対して、一発で立ち直らせる言葉なんて持っていない。
客人用に買っておいた毛布を背中に掛けてやってから、俺は何か飲み物を入れてやることにした。
「甘いココア飲むか?」
「……飲む」
ようやくニシカがこちらの言葉に反応してくれた。
ニシカが落ち着くのを待ちたいので、ココアを入れる時間は話しかけないようにした。
というか、ココアを作るのが大変なので集中したいというのもある。
俺はクズカメラなので身体が小さく、木箱に乗らないと人間サイズのキッチンには立てないからだ。
キッチンの火の魔石やら何やらを使うのも一苦労だ。
そんなとき、俺にだけ通知音が聞こえてきた。
ミミルだ。
『どうした?』
『ヤマダ様、ニシカ・ド・ラクロワの身辺についての調査が終了しました』
『丁度良いタイミングだ。聞かせてくれ』
ニシカ・ド・ラクロワは、ラクロワ王国第五王女として生を受けた。
王家は竜の血筋を持っていて、優秀な者を輩出するというのが常だった。
しかし、ニシカは違った。
王家の象徴であるガンハンマーを使いこなせず、序列も下位である第五王女で落ちこぼれという評価を受けていた。
そのせいか性格は内向的になり、王家の人間としては優秀とは正反対の存在とされた。
それでもラクロワ王国の竜の血筋を欲しがる者は多く、別の国の大貴族が婚約者候補として名乗り出てきたのだ。
その大貴族は年の離れた中年で、まだ前前世的には小学生くらいのニシカは恐ろしかったのだろう。
ニシカは相手が嫌がるような奇行――つまり今のロールプレイのような言動をやって、破談にしたのだ。
それは他国の大貴族のメンツを潰したとあって国際問題となった。
城に居場所がなくなったニシカは家出ならぬ城出して、今に至るという。
『なるほど……。俺はそういう高貴な世界はわからないが、まだニシカみたいに小さな子には厳しい環境だな……。情報ありがとう、ミミル』
『ご満足頂けたようで何よりです。ヤマダ様のそのお言葉が私の幸せなので』
いつも通りオーバーなやつだ。
前世でパートナーだったから、俺に対して事務的にサービスしてくれているだけだろうに。
きっと、死んでからも付きまといやがってよ~めんどうくせ~、とか思われていてもおかしくはない……。
しかし、もう一つだけ頼みたいことがあるのだ。
若干気まずいが勇気を出して頼むことにした。
『ミミル、もう一つだけ頼みたいことがあってだな……いや、皆まで言わずともわかる……さすがにもう、お前とパートナー同士でもない死んだ身で頼り過ぎだよな……。でも、お前にも関わる配信のことについてだから――』
『何なりと』
『やっぱりダメだよなぁ……って、頼んでいいのか?』
『はい』
『そうだよな、配信のことは大事だよな! 俺のことは嫌いになっても、配信は大事だ!』
『そういうことではなく――』
『というわけで頼みがある。先ほどのニシカの配信の最後に書き込まれた荒らしコメント、アレを調べてくれ。システムを運営しているお前なら詳細な情報を割り出せるはずだ』
『イエスマイマスター!』
そこで通信を切った、ココアが出来たからだ。
ちなみに前前世の世界なら勝手に相手の個人情報を即抜くとかは法的にアレだが、こちらの世界にはそんなものはない。
逆に荒らしや誹謗中傷、果ては殺害予告をしても法的には問題がないという修羅の世界でもあるのだ。
どっちもどっちなので、今回はこちらもやり返させてもらう。
「ニシカ、ココアができたぞ」
俺はココアのカップを両手でしっかりと持って、ニシカの前に差し出してやった。
クズカメラの身体からしたら結構デカいカップなので、持つのも大変だ。
それを見たニシカは少しだけ眼を細めて微笑んだようだった。
「ん、おいしい」
カップを受け取ってココアを飲んだニシカは呟く。
暖かくて甘い飲み物はメンタルに効く。
俺の推しも誹謗中傷で辛いときに飲んでいたらしい。
「美味しいのは当然だ! 愚民のニシカでも平気なように甘さや温度も調節してやったからな!!」
「ぷっ、ヤマダなにそれ」
「元気だったニシカのマネだ。これで元気が無い人も、元気にすることができる」
「……こんな私が誰かを元気にするなんて無理なんじゃないかな」
「そうか? 少なくとも今日の配信に来てくれた奴らは元気になってたぞ」
「でも、そう思わない人も……」
100人のプラスより、1人のマイナスの方がきついときがある。
本来ならスルーしてしまえばいいのだが、人間全員がそんなに最初から強くは無い。
「実は私、お城から逃げ出してきたんだ」
「そうか」
事情はミミルから聞いたが、本人から見た視点というのも知っておきたい。
俺は聞き手に徹する事にした。
「王家に相応しくないダメな人間で、それでもこの身体に流れる血や名声が欲しい人たちがいて、知らない人と結婚させられそうになった。その人は二回りくらい年上で、大貴族ロレンスさん。お付きメイドのイベルさんも怖い眼で見てきてた」
「大変だったな」
「それでも王家のためならって思ってたんだけど……実際に会ったら怖くなった。でも、私からは断れない。だから卑怯にも相手から嫌ってもらえるような言動とか普段からするように……」
「それで破談になったのか?」
「うん。もう会いに来なくなった。それから私は罪の意識を感じて、城に居づらくなって……」
「外の世界にやってきたというわけか」
「外では頼れる人も、寝る場所もなく、お腹も空いてどうしようもなく絶望していたとき……クロ様の配信を見たの……! 私より少し年上なだけで、貴族でも何でもないクロ様が、努力してみんなを楽しませて、お母さんまで救ってた!! 感動した!! こんな風にできる人もいるんだって!!」
興奮気味に語り出すニシカにどこか親近感を覚えてしまう。
「俺も……すごい昔だけど、ブラック企業で働いているときにどうしようもなくなって、それこそ死のうとすら思ってたときがあって、そこを一人の配信者に救われた経験があるよ」
「ヤマダも?」
「ああ、だからお前にも誰かを救える才能がある。断言できるよ」
――だから誹謗中傷に負けるな。と言いたいが言えない。
それに立ち向かい続けて、自分の推しがどうなったのか知っているから。
ミミルから進捗報告がきた。
配信のコメントに使われたのは、ニシカと関係のある例の貴族の冒険者カードだったようだ。
「だからニシカ、次は最高に楽しい配信を考えたぞ」
「え?」
「誹謗中傷した奴のところへ、ガンハンマーで殴り込みだ」




