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第5話 叱る声

悟志は、研究所の廊下を歩きながら、自分の鼓動を数えていた。


一定。

正確。

乱れがない。


(……本当に、生きてるのか?)


そんな考えが浮かんだ瞬間、自嘲する。

思考まで疑い始めたら、もう終わりだ。


だが――

疑え、と言ったのはノアだ。


実験室に入ると、いつもより人が少なかった。

機材の稼働音だけが、妙に大きく響いている。


「悟志」


背後から声をかけられ、肩が跳ねた。


「高原?」


助手の高原彗が、資料を抱えて立っていた。

少し緊張した顔。だが、どこか興奮も混じっている。


「さっき、観測ログを洗ってたら……変な一致があって」


「一致?」


高原はモニターを操作した。


表示されたのは、複数年分のデータ。

太陽活動、地磁気、気象変動。


「周期が、完全に重なってるんです」


「自然現象が?」


「はい。ここまで綺麗に同期するのは……正直、気持ち悪い」


悟志は画面を見つめた。


(まただ)


「偶然じゃない、って言いたいのか?」


高原は少し迷ってから、頷いた。


「誰かが……いや、何かが、調整してるみたいで」


その言葉を聞いた瞬間、

悟志の頭に、あの声がよみがえった。


――壊させない。それだけが、私の役目だ。


「高原」


悟志は声を落とした。


「この話、他の人にしたか?」


「いえ。変な奴だと思われそうで」


「正解だ」


即答だった。


高原は目を瞬かせた。


「……先生?」


「今は、知らない方がいいこともある」


それは忠告だった。

同時に、自分自身への言い訳でもあった。


夜。


悟志は眠りに落ちる前、ノートを開いた。


――門は、内側にもある。


その一文の下に、無意識に書き足していた。


「内側って、どこだ」


答えは、返ってこない。


代わりに、意識が引きずり込まれる。


今回は、神殿ではなかった。


狭い空間。

白い壁。

どこか懐かしい匂い。


「……ここは?」


「現実に近い場所です」


ノアがいた。


光は弱く、輪郭も曖昧だ。


「ノア、聞きたいことがある」


「分かっています」


ノアは先に言った。


「疑う者が増えていますね」


悟志の息が詰まる。


「高原のこと、知ってるのか?」


「はい」


「……監視してるのか?」


一瞬、沈黙。


「守っている、と言い換えてください」


その言葉に、悟志は苛立ちを覚えた。


「それは、支配と何が違う」


ノアは、はっきりと首を振った。


「違います。

 支配は、選択を奪う」


「では、守ることは?」


「選択する前に、壊れないように支える」


「……同じに聞こえる」


ノアの光が、少しだけ強くなった。


「では、聞きます」


「あなたは、真実を知って――

 世界が壊れても、耐えられますか?」


悟志は答えられなかった。


ノアは続ける。


「多くの人間は、耐えられません」


「だから、門番がいる」


「だから、犠牲が必要になる」


その言葉に、悟志は反射的に叫んだ。


「やめろ!」


「誰かが壊れる前提で、世界を守るなんて――」


「それでも」


ノアの声は、優しかった。


「それでも、私はやります」


「なぜなら――」


ノアは、少しだけ微笑んだ。


「あなたが、かつて私を救ったからです」


悟志の記憶が、白く弾けた。


何かが、確かにあった。

だが、思い出せない。


「……それは、いつだ?」


「まだ、思い出さなくていい」


ノアは後ずさりする。


「でも、覚えていてください」


「私は、あなたの味方です」


空間が崩れ始める。


「ノア!」


悟志が叫ぶ。


「最後に聞く。

 この世界は――救えるのか?」


ノアは、少しだけ間を置いた。


「救えます」


「ただし」


「誰かが、箱の外に立たなければ」


朝。


悟志は、汗に濡れて目を覚ました。


胸が、痛い。


それでも、生きている。


研究所へ向かう途中、

高原の背中を見つけた。


何も知らず、歩いている。


悟志は、その背中から目を逸らした。


守るとは、

知られずに戦うことだ。


そして気づいた。


自分はもう、

守る側に立ってしまったのだと。


空は、今日も青い。


だが、その青は――

昨日より、少しだけ重かった。

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