第4話 眠りの外側
悟志は、目覚めてすぐに天井を見つめていた。
夢ではない。
そう断言できる感覚だけが、胸の奥に残っている。
ノア。
ロキ。
叱る声。
そして――
「箱」。
カーテンを開けると、空はいつも通りだった。
青く、澄み、少しも揺らがない。
「……同じだ」
同じであることに、ほっとする自分と、
同時に嫌悪を覚える自分がいる。
研究所へ向かう電車の中で、悟志は人々を眺めた。
笑う人。
眠そうな人。
スマートフォンを見つめる人。
誰も、疑っていない。
(俺だけが、変なのか?)
だが、昨夜の言葉が否定する。
――守られていることに、甘えるな。
研究所では、いつもと変わらない業務が始まった。
観測データの整理。
数値の照合。
誤差の確認。
「悟志」
朋美が、少し真剣な声で呼んだ。
「このデータ、見て」
画面に映し出されたのは、宇宙背景放射の解析結果だった。
「……ノイズ、ゼロ?」
「そう。理論上ありえないレベルで、均一すぎる」
悟志の背筋が冷えた。
「均一すぎる、って……」
「誰かが調整してるみたい」
朋美は冗談めかして言ったが、
その目は、笑っていなかった。
「ねえ、悟志」
「ん?」
「もし、この世界が“作られたもの”だとしたら――
私たちの研究って、何になると思う?」
その問いに、悟志は答えられなかった。
夜。
再び、意識が沈む。
神殿の光は、前よりも暗かった。
「来るのが、少し早くなりましたね」
ノアの声は、穏やかだが、どこか疲れている。
「ノア」
悟志は一歩、前に出た。
「この世界は、本当に“箱”なのか?」
ノアは答えない。
代わりに、空間が揺れた。
床が透け、下に何かが見える。
都市。
海。
雲。
そして――
それらを包む、巨大な構造体。
悟志は息を呑んだ。
「……外が、ない」
「あります」
ロキが言った。
「ただし、今のお前らは行けない」
「なぜ?」
「壊れるからだ」
ノアが静かに補足する。
「この箱は、あなたたち人間が
“人間のままでいられる限界”に合わせて作られています」
「じゃあ……」
「外は、もっと過酷です」
悟志は拳を握った。
「だったら、教えるべきじゃないのか?
真実を!」
ノアの光が、わずかに揺れた。
「真実は、必ずしも救いになりません」
ロキが悟志を見据える。
「だから俺たちは、門番なんだよ」
「門番……?」
「最初に倒される役だ」
その言葉に、ノアが強く反応した。
「ロキ様!」
「事実だろ」
ロキは軽く笑った。
「俺たちは、壊される前提で立ってる」
悟志の胸が締めつけられた。
「……ノアも?」
ノアは、少し間を置いてから答えた。
「はい」
即答だった。
「それでも、私は守ります」
「なぜ、そこまで……」
ノアは、悟志をまっすぐ見た。
「あなたが、疑うことをやめなかったからです」
その瞬間、神殿全体に警告音のような振動が走った。
「時間切れです」
ノアが言う。
「次は、もう少し“近い場所”を見せることになるでしょう」
「それは……安全か?」
ロキが、珍しく真顔で答えた。
「安全じゃない」
「でも、避けられない」
世界が、崩れ始める。
悟志の意識が引き戻される直前、
ノアの声が、はっきりと届いた。
「悟志。
疑い続けてください」
「それが、箱を救う唯一の方法です」
朝。
目覚ましが鳴る。
悟志は、静かに起き上がった。
窓の外は、変わらない青。
だが、もう分かっている。
この空は、守られている。
そして――
いつか、壊される日が来る。
机のノートに、また文字が増えていた。
――「門は、内側にもある」
悟志は、その一文を指でなぞった。
疑問は、確実に深くなっている。
もう、戻れないところまで。




