第11話 それでも、言わなければならないこと
その夜、コロニーの空は静かすぎた。
星は正しい位置にあり、
雲は計算された速度で流れ、
街の光はいつもと同じ色をしている。
――だからこそ、ロキは眠れなかった。
「……」
ベッドの上で目を閉じても、
意識の奥がざわついている。
理由は分からない。
だが、何かが“近づいている”。
ロキは起き上がり、部屋を出た。
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神殿の回廊は薄暗く、
足音だけが静かに響く。
その先、庭に淡い光があった。
「……ノア?」
声をかけると、
白い光の精霊はゆっくりと振り返った。
「ロキ様。起こしてしまいましたか?」
「いや……俺も、眠れなかった」
ノアは少しだけ笑った。
いつもの、安心させるための微笑み。
だが、ロキは気づいていた。
――今日は、その笑みが少し硬い。
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「何かあったのか」
ロキがそう言うと、
ノアは一瞬、言葉を探すように視線を落とした。
庭の草が、風もないのに揺れる。
「……ロキ様は」
ノアは、いつもより小さな声で言った。
「もし、守るべきものを守るために
“戻れなくなる道”があったら……
どうしますか?」
ロキの表情が、凍る。
「……何の話だ」
「仮定です」
ノアはすぐに付け足した。
「私は、あくまで……仮定の話を」
ロキは一歩、近づいた。
「ノア。
そういう言い方をする時のお前は――
もう答えを決めてる」
ノアの肩が、わずかに揺れた。
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「……私は、臆病です」
ぽつりと、ノアは言った。
ロキは目を見開く。
「怖いんです。
痛いのも、消えるのも……
本当は、全部」
ノアは胸の前で手を握りしめた。
「でも……
もっと怖いものがあるんです」
「……何だ」
ノアは、ロキを見た。
まっすぐに。
逃げずに。
「ロキ様が、壊れてしまうことです」
ロキの喉が鳴る。
「皆が、何も知らないまま、
ある日突然、すべてを失うことです」
夜の空気が、張りつめる。
⸻
「ノア」
ロキは低い声で言った。
「そんなことは、させない」
「分かっています」
ノアは、ゆっくりと頷いた。
「だから……
ロキ様が“立ち続けられる”ように」
「……やめろ」
ロキの声に、怒りが混じる。
「それ以上、言うな」
ノアは驚いたように目を瞬かせ、
それから、少しだけ困った顔で笑った。
「すみません。
叱られてしまいましたね」
「当たり前だ」
ロキは強く言った。
「お前は、俺のそばにいろ。
勝手に未来を決めるな」
沈黙。
ノアはしばらく何も言わなかった。
やがて、夜空を見上げて、ぽつりと呟く。
「……それでも」
その声は、とても静かだった。
「その時が来たら、
私は――逃げないと思います」
ロキの胸が、強く締めつけられる。
⸻
「ノア」
ロキは、ほとんど祈るように言った。
「約束しろ。
俺に、黙って消えるな」
ノアは、少しだけ目を見開き、
それから、柔らかく微笑んだ。
「はい」
一拍、置いて。
「必ず、伝えます。
最後まで」
その言葉が、
なぜか“別れの約束”のように聞こえてしまい、
ロキは、強く拳を握った。
⸻
風が吹く。
草が揺れ、
ノアの光が、ほんの一瞬だけ揺らいだ。
ロキはその微細な揺れを、見逃さなかった。
――臆病だからこそ、
――覚悟してしまった光。
その夜、
誰も死ななかった。
誰も泣かなかった。
だが、
未来だけが、静かに位置を変えた。




