第96話 甦れ、命 6
― ゴードン・ダスト事故 ―
成功の直後
ペシュラ・スペースOS-ex宇宙開発事業部・ネバダ州試験場。
暑く乾いた風が、砂塵を舞い上げる、東の空は朝焼けに染まっていた。
観測塔のガラス越しに、投資グループの役員、NASA、USSFアメリカ宇宙軍関係者、ペシュラ幹部が並ぶ。
中央のスクリーンには、新型原子力熱ロケットエンジンの出力グラフ。
ゴードン・ダストは、
制御室の最前列に立っていた。
若いが、目に浮つきは一切ない。
「起動、フェーズ三」
声は落ち着いている。
炉心が唸る。
中性子束が安定域へ入る。
温度上昇、正常。
推力換算値、設計値を超過。
「設計された予定出力、クリアーです」
オペレーターの声が弾んだ。
観測塔から拍手が起きた。
「成功だ」
誰かが呟く。
ゴードンは、小さく息を吐いた。
「エンジン冷却、徐々に下げろ」
だがその瞬間、制御パネルの一角が赤く点滅した。
一次冷却系・圧力差異
数値は、わずかに外れただけ。
まだ許容範囲内であった。
だが、ゴードンは眉をひそめた。
「……確認」
エンジニアが応答する。
「冷却エレメント、微小リークの可能性があります。現在補正中」
しかし、外からの制御による補正は、間に合わなかった。
冷却流体の一部が滞留し、炉心の一角で局所的な温度偏差が発生。
中性子反射板に歪みが生じる。
それは、爆発ではなかった。
"漏れ"だった。
警報が鳴る。
ゴードンが、反射的に制御卓へ身を乗り出す。
「制御棒、手動!」
自動制御システムが一瞬遅れた。
その"0.8秒"の遅延が、決定的だった。
制御室の遮蔽壁の一部に、眼には見えない亀裂が走る。
中性子線。
高エネルギー。
無音。
だが、それはそこにいた者の細胞を、確実に貫く。
ゴードンは、最後まで制御レバーを握り続けた。
推力は停止。
炉心は、臨界を免れた。
爆発は回避された。
拍手は止まり、代わりに沈黙が落ちる。
「……成功だ」
誰かが、もう一度言った。
だが、ゴードンは、立ち上がれなかった。
指先が、震える。
吐き気。
視界が、一瞬だけ暗転した。
「……大丈夫だ」
そう言ったのは、自分に向けてだった。
その日の午後、ゴードンは発熱した。
その日の夜には、白血球数が急落。
三日後、口腔粘膜が壊死。
七日目、染色体の断裂が確認された。
全身の細胞が、静かに"崩壊"を始めていた。
ゲーレン・ダストは、病室の前に立っていた。
医師が、モニターを見せる。
赤い表示。
修復不能。
ペシュラ製の遺伝子統合器、バイオスケープ・ナビゲーターが治療に投入された。
だが破壊された遺伝子の設計図は、バイオスケープナビゲーターでは修復できない。
ゴードンの体細胞の破壊速度は、バイオスケープナビゲーターの遺伝子修復速度よりも速い。
組織崩壊に、組織修復が間に合わない。
ダストは、何も言わなかった。
ただ、ガラス越しに息子を見る。




