第9話 再生 2
x25000のカプセル内部の液体が、まるで生き物の鼓動に合わせて脈動していた。
青白い光が上下に走り、ケイの身体を内部から"照らす"ように包み込む。
紅音は凍りついたまま、手を組んで祈るように見守っていた。
龍雅は、ケイのゲノムマップを示すモニターを凝視していた。
モニターのゲノムマップが、まるで手書きの設計図を勝手に書き換えるように、ぐにゃりと歪んでいく。
破損した部分を治すだけなら、その箇所だけが補完されるはずだ。
だがx2500は違った。
傷とは無関係のゲノム領域まで自動修正が走り、ケイの生体構造そのものを最適化し始めている。
"強化"だ。ケイの遺伝子を……x2500が独自に"補完"している。
カプセル内部の光が、突然、強く脈打った。
ケイの身体が浮き上がり、毛の隙間から微かに光が漏れた。
「御子神さん!! ケイが……ッ!」
紅音の声が震えた。
ケイの体が、青白い光に包まれながら、微かに震え始めた。
まるで何かが皮膚の下で蠢くように。
筋肉の線が太く変わり、毛の流れが逆立ち、呼吸のテンポが速くなっていた。
龍雅はケイの名を叫んだ。
「ケイ!! 頑張れ……!!俺だ……わかるか……!!」
だがケイは反応しない。目を閉じ、光に溶けそうになっている。
突然、カプセル全体が、"鼓動"のように大きく鳴った。
ドンッ……!
紅音が悲鳴を上げた。
早乙女が呟く。
「……遺伝子が、暴れている。暴走しているのだ」
龍雅が叫んだ。
「ケイを返せ……ッ!!もういい。これ以上いじるな……!!」
だが、x2500は龍雅の声など関係ないというように、淡々と、冷徹に、ケイのゲノムを書き換えていく。
そして──
光が一瞬、収縮する。
カプセルの内部で、ケイの身体が小さく跳ねた。
鳴き声ではなかった。呼吸でもなかった。
"異なる生物の唸り声"だった。
紅音が震え崩れた。
「御子神さん……ケイ……ケイじゃ……ない声……!」
龍雅の胸に、冷たい刃物を突き立てられるような感覚が走った。
「……ケイ……!!」
ケイの体が、再び動いた。
次の瞬間。
光が"爆ぜた"。
部屋中に青白い閃光が走り、x2500の内部から煙が上がる。
紅音も早乙女も顔を覆い、龍雅は必死にカプセルにしがみついた。
煙が消え、光がゆっくりと弱まり、消えていった。
そして──
カプセルの奥に、新しい輪郭が浮かび始めた。
それはケイだった。
だが、これまでのケイではなかった。
毛の色が濃くなり、筋肉が明らかに肥大し、骨格が変わっている。
瞼の奥の光が、以前より"深い"。
紅音が声を失って呟いた。
「……ケイ……?」
龍雅は震える手で、静かにガラスへ触れた。
ケイ(であってほしいもの)が、ゆっくりと目を開けた。
その目は──
犬ではなく、獣でもなく、
"高度の知性を有し、人智をも理解せんとする生物の目"になっていた。
龍雅は、息を呑んだ。
「……ケイ……お前……」
その瞬間、ケイの新しい瞳が龍雅の目を捉えた。
そして、かすかに──尻尾が動いた。
龍雅の膝が崩れ落ちた。
「……生きてる……ケイ……生きてる……!」
紅音が泣き笑いの声を上げた。
早乙女だけが、ケイの変化を無言で見つめていた。
その目は、警戒と興味と、それからほんの僅かな不安に染まっていた。




