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第8話 再生 1

 鉄扉を押し開けると、古い研究所の空気が押し返してきた。


 薬品、錆、水気。


 どこかで獣が死んだときの、乾いた血の匂いも混じっている。


 紅音は思わず、龍雅の背中に身を寄せた。


「……寒い……」


 薄暗い廊下は、蛍光灯は灯っているのに、


 なぜか"影が濃かった"。


 光がないのではない。


 光をこの建物が拒んでいるような気配だった。


 ケイは龍雅の腕の中で息を荒げていた。


 出血は止まっていない。


 早く治療しなければ――


 だが急ぐほど足が重くなる、この施設の空気は、重々しく異質だった。


 早乙女は、懐中電灯を構えて前を歩く。


「この先に、お前の親父の研究室がある。X2000より古くて、より危険な……"原型"が稼働してるはずだ」


 紅音が震える声で囁く。


「何を……していたんですか、この施設は……」


 早乙女の声は冷たかった。


「治療と称した人体実験。大戦前から、戦後の混乱期に至るまで、名前を変えて続けられた研究だ。大義も善意もなかった。ただ"創造を行う"だけの場所だ」


 紅音の顔が蒼白になる。


 龍雅は前を向いたまま言った。


「……知ってる。ここで、俺は育った。x2500でケイを創った」


 紅音が息を呑む。


 龍雅の背中が、少しだけ固く見えた。


 廊下の突き当たりに、一枚だけ新しい鋼鉄の扉があった。


 他の扉は錆び、腐り、剥げているのに、ここだけは違った。


 まるで"誰かが、最近までここにいた"ように。


 龍雅は扉に手を触れた。


 ひやりと冷たい。


 それは鉄の冷たさではなく、


 人心ヒューマニズムを持たない空間特有の冷たさだ。


 早乙女が簡単な入力コードを打ち込む。


「御子神剛の最終アクセス権限を使う」


 電子ロックが"低く鳴いた"。


 まるで、拒む前提で警告するような声。


 だが最後には、ゆっくりと、扉が左右に割れた。


 龍雅は息を呑んだ。


 中は白かった。


 白すぎて、逆に輪郭が曖昧になるほどの光。


 薄い霧のような冷気が床にたまり、


 機械の呼吸音が、心臓の鼓動みたいに一定のリズムで響いている。


 そして部屋の中央。


 台座の上。


 "それ"があった。


 円柱型カプセル。


 内部を満たす液体は、生きもののように淡い青で脈動し、十数本のケーブルがまるで血管のように天井へ伸びている。


 X2500。


 X2000が"細胞に意思を与える装置"なら、


 X2500は"細胞の元となる遺伝子に意志を与える装置"。


 紅音が口元を押さえた。


「……生きてる……機械じゃない……まるで……心臓みたい……」


 龍雅は歩み寄り、カプセルに手を触れた。


 暖かい。


 機械の熱ではない。生体の温度だ。


 父の声が聞こえたような錯覚がした。


 ――龍雅。人は神を模倣して生きている。


 龍雅は自分の奥歯が軋むのを感じた。


「……親父。死んでも、まだここで……呼吸してやがるのか」


 ケイが弱く鳴いた。


 その声に背中を押されるように、龍雅は振り返り、紅音に言った。


「紅音、ケイをここに。体が持たねぇ。X2500で治す」


 紅音はケイを抱き上げ、震える腕で龍雅に渡した。


「……お願いします。この子を……助けてください……!」


 龍雅はケイをX2500の台座にそっと乗せた。ケイの血が台座を赤く染めていく。


 円柱カプセルの蓋が開き、台座ごとカプセル内に収容すると蓋がゆっくりと閉じられていった。


 X2500が反応した。


 液体の反射光が強くなり、


 ケーブルが"鼓動"のように震える。


 早乙女が背後で言った。


「覚悟しろ、龍雅。X2500の修復は治療じゃない。"書き換え"だ。ケイの遺伝子の設計図を……更に別の強力なものに書き換えて、最適化する」


 龍雅はキーボードに手を置いた。


 その手は震えていなかった。x2500に込めた期待の心の昂ぶりとケイを助けようとする執念で、逆に精神は安定していた。


「いい。どんな形でもいい。ケイが……生きてくれたら、それでいい」


 その瞬間、X2500が深く"息を吸った"。


 部屋の空気が震え、カプセルの液体の光が眩しく広がっていく。


 まるで、父親の亡霊が"ここから先は戻れないぞ"と囁いているかのように。


 龍雅はF5キーを押した。


 《ゲノム修復プログラム──開始》


 部屋が青白く光った。ケイの身体が光に包まれる。


 紅音は祈るように両手を握りしめた。


 教授は無言のまま銃を構え、外の気配を警戒する。


 そして龍雅は、ただ一人、"父の影に沿って"歩み始めていた。


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