第7話 襲撃 7
エスカレードは夜の国道から外れ、山道へ滑り込んだ。
舗装は途切れ、タイヤが砕けた砂利を巻き上げるたび、車体が小さく跳ねた。
そのたびに、ケイが短く鳴いた。
痛みを隠すように、声を殺す。
その我慢が逆に、紅音の胸を締めつける。
龍雅は後部座席でケイの身体を支えながら、
無言で車窓の外を睨む。
森の闇は濃い。人工の光がひとつもない。
月も雲に隠れ、道の境界すら曖昧だった。
ただ、車のライトだけが双刃のように闇を裂いていた。
早乙女が運転席で淡々と言う。
「ここから先は、地図に載ってない。平均速度を落とすぞ。揺れる。ケイを抑えておけ」
龍雅は低く返した。
「……ああ」
揺れるたび、ケイの血が弾かれて龍雅の手の甲に飛ぶ。
乾ききらないまま、熱を持って貼りつく。
その体温を感じるだけで、怒りが腹の底で脈打った。
紅音はケイの首に顔を寄せ、震えた声で囁き続ける。
「大丈夫……もうすぐ着く……ねえ、ケイ……」
ケイは弱い声で返事をしようとしたが、
代わりに喉の奥で短い息を漏らした。
龍雅はその音に、胸に穴が空くような痛みを覚えた。
外では、木々の影が車のライトに切り刻まれながら左右に流れていく。
枝が窓を叩くたび、銃声かと錯覚して紅音が体を震わせる。
早乙女だけが平然としていた。
しかし、その横顔には"緊張の影"があった。
道の先を見据えながら、瞬きすら惜しむ眼。
やがて道路は完全に途切れ、
車は森の獣道へと踏み込んだ。
ガサッ……ガサッ……
枝葉が車体を引っ掻く音が耳障りに響く。
その音が、人の爪のように聞こえる瞬間もあった。
紅音が顔を上げて言う。
「……この道、本当に……?」
早乙女は真っ直ぐ前を見たまま答える。
「この先だ。御子神剛が生前に出入りしていたアジトだ。陸自の衛生部が、戦後"再利用"しようとしたが、今は誰も来ない」
龍雅は窓の外を見つめた。
黒い木々の奥に、"黒より暗い空洞"が広がっているように見えた。
まるで、この森そのものが"何かを飲み込んだ跡"のようだった。
紅音が不安げに言う。
「御子神さん……怖い……」
龍雅は短く言った。
「怖がっていい。でもケイの手は離すな。あいつ……お前が触ってないと落ちる」
紅音は強くケイを抱きしめる。
SUVが大きな石を踏み越えたとき、車体がバウンドした
ケイが痛みに耐えきれず、ついに小さく悲鳴を上げた。
龍雅の全身が震えた。
「……クソ……!」
拳で窓を叩きつけそうになったが、ぎりぎりのところで手を止める。
そのまま怒鳴るように教授へ言った。
「どれだけ時間かけてんだよ……!!」
の返答は冷たかった。
「怒鳴る暇があるなら、ケイの血を抑えろ。ここで死なせたいのか?」
龍雅は噛みしめた歯の隙間から、小さく漏らした。
「……死なせるかよ……」
紅音が泣きそうな声で言う。
「御子神さん……もう無理……ケイが……!」
龍雅は紅音の肩に手を置き、低く言う。
「紅音。あと少しだ。あいつはまだ死んでねぇ。生かすんだ。俺たちで、そうだ……あそこにはx2500がある……。ケイを産み出したハードウェアだ」
その瞬間。
車のライトが、突如として森の闇の奥に"何か"を照らし出した。
錆びた門。
崩れた門扉。
蔦に飲まれたコンクリートの建物。
森が丸ごと隠していた"墓場のような施設"が姿を現した。
紅音が息を呑む。
「ここ……何ですか……?」
龍雅が言った。
「御子神剛の研究アジトだ。"狂気の……"研究所だ」
龍雅はケイを抱え直し、静かに言った。
「……帰るぞ。お前の生まれた場所だ」
SUVが止まり、三人と一匹は廃施設へと足を踏み入れた。
これが生への唯一の道か──まだ、誰にもわからなかった。




