第6話 襲撃 6
エスカレードのドアが閉まると、
外の銃声、悲鳴が、向こうの世界へ追いやられた。
その代わり、ケイの喘ぎ声、荒い呼吸音が車内の空気を揺るがした。
生き物が死を拒むときの、必死の呼吸だった。
短く、鋭く、喉が詰まり、血痰が肺を焼く濁音が絶え間なく聞こえてくる。
紅音はケイの頭を抱きしめたまま、嗚咽を押し殺していた。
龍雅は後部座席に膝をつき、
ケイの傷口を見た。
深い。
肉をかすめた程度ではない。
肩の筋肉が裂け、血が溢れ、骨が覗いていた。
だがケイは龍雅の顔を見て、
まるで"指示を待つ兵士"のような神妙な目をしていた。
龍雅の喉奥から、言葉にならない音が漏れた。
「……ケイ。お前……死ぬんじゃねぇぞ……」
紅音が震える声で言った。
「御子神さん……私……私……止められなかった……!」
「もういい。違う。お前は十分やった」
「でも……ケイが……ケイが……!」
紅音の声は乱れていた。
恐怖と罪悪感が混ざり、喉が潰れかけている。
龍雅は紅音の肩に手を置いた。
だが慰めではない。ただ、頽れそうになった紅音の心を支えるための手だ。
「泣くなとは言わねぇ。だが泣くなら……ケイが逝っちまってからにしてくれ」
紅音の涙が、ケイの毛に落ちた。
龍雅は急いで応急処置キットを開けた。
止血帯、縫合用カートリッジ、人工血漿パック。
だが、どれも"人間用"だ。ケイのゲノム構造は犬でも人でもない。
龍雅は自分の研究ノートの断片を思い出していた。
新生物の筋繊維構造。
新造組織の自己修復再生機能。
急速止血反応。
だが、そのどれも"未完成のデータ"だった。
「……俺のせいだ」
その言葉は、唇からこぼれたのではなかった。
喉の奥、もっと奥、
心の底から湧いた怒りの塊が、勝手に漏れた声だ。
紅音が顔を上げた。
「御子神さん……」
「俺が創った。俺がこいつをこの世界に引きずり出した。俺が……ケイを、でもこんな目に……!治せない、治せないのか?俺には」
龍雅の声が鋭く震えた。
拳がかすかに震えている。
声は静かなのに、車内の空気はひび割れそうだった。
ルームランプの光がケイの血を照らしている。
龍雅は血の匂いを嗅ぎながら、乾いた手で止血シートを押し当てた。
ケイが短く苦鳴を漏らす。
「痛ぇよな……すまねぇ……すまねぇんだ……」
紅音が龍雅の手を握った。
「御子神さん……そんな言い方……ケイが悲しみます……!」
龍雅は振り向いた。目が赤く濁って見えた。
「俺が作ったから生まれた。俺が間違えたから傷ついた。俺が……!」
拳がケイの血で赤く染まる。
言葉の途中で、教授が運転席から割って入った。
教授の声は、静かに続く。
「怒れ。泣くな。怒りだけが……お前を"生かす"。ケイも紅音も、今それに縋って走ってる」
龍雅は、紅音の手が震えているのを見た。
ケイがまだ息を続けているのも見た。
息を、ゆっくり吸い、吐き出した。
そして、低く言った。
「……ケイ、生かす。絶対、生かす。俺が創ったんだ……俺以外に、こいつを救える奴は……いねぇ」
紅音が嗚咽しながら頷く。
ケイは微かに尻尾を動かした。血だらけで、ぎこちない動き、それでも"生きる意思"だけは消えていない。
そのとき、車体が大きく揺れた。
教授が言う。
「追手に見つかるまえに秘密のアジトに逃げるぞ。死ぬ気なら降りろ、生き残るつもりなら黙って掴まれ」
龍雅はケイを抱きしめた。
紅音がその肩を押さえる。
車は夜の道路へ滑り出し、再び、走り始めた。
龍雅の怒りは、暴力の炎に変わり始めていた。




