第5話 襲撃 5
北門までの道は、普段は何のことはない、ただの舗装道路だ。
だが今は戦場だった。
地面には、血の海に倒れた黒服。
腕が逆向きに折れている。
喉を裂かれた男は、小さく痙攣したまま動かない。
ケイの牙の痕だ。
紅音が顔を背けようとしたが、龍雅が肩を押さえた。
「見るなとは言わねぇ。でも"目は閉じるな"。閉じたら死ぬ」
紅音は震えながら、前を見る。その目は濁っていない。
ケイが突然、耳を立てた。
次の瞬間。
右の植え込みが――爆ぜた。
土と枯葉が、爆風に乗って宙へ舞う。
煉脈連の兵が飛び出してきたのだ。
肌の色が不自然に白い。
神経ブロッカーの薬剤で、痛覚神経の疼痛閾値を極限まで高められ、痛みの感覚を殺された、使い捨ての"突撃要員"だった。
左手にナイフ。
右手に、骨ばった金属の義手。
狙いは紅音だった。
龍雅は反射的に飛び込んだ。
だが刺客は一瞬速く反応した。
義手が地面を削りながら向きを変え、紅音の腹を狙う。
避けられない。
ケイが割って入った。
牙が義手を噛み砕いた。
金属が砕け、破片が飛び散る。
煉脈連の兵士は痛みを感じていない。
噛まれたまま、ナイフをケイの目へ突き立てようとした。
「やめろッ!」
龍雅はケージ錠の鉄棒を手にし、その勢いのまま兵士の首元へ叩きつけた。
鈍い、厚い音。
骨が折れる音ではない。
頸椎が"はずれる"音だった。
兵士の身体が一瞬ふらつき、そのまま前のめりに倒れた。
ケイが牙を離し、喉から低い唸りを漏らす。
紅音の呼吸が荒い。
龍雅は腕を掴み、強制的に走らせる。
「立つんだ。まだだ。終わってねぇ」
が、追撃者はここだけではなかった。
北門の手前――
街灯の影が不自然に揺れた。
次の瞬間、影が三つ"ほどける"ように動いた。
そこから出てきたのは、MSOの狙撃兵だった。
全員が二メートルの巨人。
全員、無表情。
銃の構えが美しいほど無駄がない。
最前列の男が、龍雅へ照準を合わせた。
発砲する。
ケイが龍雅を後ろへ突き飛ばす。
銃弾がケイの肩を貫いた。
肉が裂け、毛が飛び散る。
ケイの血が、夜気の中に線を描いた。
「ケイ……!」
紅音が叫ぼうとしたが、龍雅が胸倉を掴んで黙らせた。
「声は出すな。位置がバレる」
ケイは倒れない。
肩から血を垂らしながら、逆にSOMの戦闘員へ低く構えた。
その姿は、まるで"猛獣"というより、
戦場の"兵士"そのものだった。
男が二射目を撃とうとした瞬間。
何かが飛んだ。
金属音。
腕から銃が"弾き飛ばされた"。
教授だった。
北門脇の物陰から射撃していた。
胸を上下させながら、余計な言葉ひとつ発さない。
「御子神、走れいッ!」
MSOの戦闘員たちは教授へ銃身を向ける。
だが、それで龍雅たちの逃走ルートが開けた。
龍雅は紅音の腰を抱え、ケイの逆側へ回った。
ケイの足元には血が落ちていたが、目はまだ死んでいない。
それどころか、むしろ息が昂ぶり、眼光が鋭くなっている。
「行けるか、ケイ」
ケイはゆっくり頷いた。
頷いたように"見えた"。
次の瞬間。
背後で、複数の銃声が重なった。
教授が撃ち、MSOが応戦し、そこへ煉脈連が割り込む。
CIAの狙撃がそれを黙らせようと降り注ぐ。
四つの殺意が交差し、夜風が火薬の匂いを濃くする。
龍雅が叫ぶ。
「北門まで、あと百メートルだ! 倒れるなよ紅音!」
紅音は必死に走る。
息は途切れ途切れだが、それでも倒れない。
その横でケイが血を引きずりながら、足音を乱さない。
地面に倒れた死体を踏み越え、割れた街灯の下をくぐり、三勢力の戦闘音が背中へ迫る。
そして、北門が目の前に迫った――そのとき。
門の向こうから、一台の車が急加速で突っ込んできた。
バカでかく黒いSUV、キャデラック・エスカレード。
窓は、漆黒のフィルム、ボディは防弾仕様。
ナンバーは隠されている。
紅音が悲鳴を上げる。
「御子神さん、車が……!」
龍雅は即座に判断した。
「あれ、敵じゃない……! クソジジイの車だ、伏せろ!」
エスカレードが急ブレーキをかけ、砂利を巻き上げながら横滑りした。
助手席のドアが蹴り開けられる。
教授の声が飛ぶ。
「乗れッ!!!」
龍雅は紅音を抱えて車内へ押し込む。
ケイがよろめきながら後部座席へ飛び乗る。
龍雅が乗り込みながら振り返ると、MSOの戦闘員が銃口をこちらに向けていた。
撃たれる。
そう思った瞬間。
ケイが吠えた。
ただの吠え声ではない。
空気が震えるほどの、腹の底から噴き上げる殺気を帯びた雄たけびだった。
その声だけで、MSOの指が一瞬だけ止まった。
その一瞬の隙に、SUVは飛び出した。
北門を抜け、闇へ消える。
背後で、大学構内が再び爆発した。
その轟音はまるで、龍雅達をこの世界から何が何でも排除しようという、拒絶の爆音だった。




