第3話 襲撃 3
非常階段の扉を押し開け、外のキャンパスを覗いた瞬間、龍雅は息を呑んだ。
夜の大学構内は、人っ子一人いない。先の戦闘の喧騒が嘘のように静かだった。
学生も、職員も、誰ひとり見当たらない。
数分前まで灯っていたはずの街灯も落ち、薄暗い月光だけが芝生を照らしていた。
「……誰かが、光を全部止めてるのかしら」
紅音の小さな声が、風のように揺れた。
ケイが鼻先を持ち上げ、低く唸る。
警戒の唸り声ではなかった。
威嚇の唸り声。
おそらく……敵がいる。
姿を隠した見えない敵を威嚇している。
そして、この静寂そのものが、すでに張られた罠だ。
龍雅は地面に目を落とした。
芝生の端――かすかに踏みしめられた痕がある。
バカでかい軍靴の足跡、その数は、十以上。
「……囲まれた?」
そういうと、紅音の顔から一気に血の気が引いた。
遠くで、風に紛れて微かな機械音が近づいてきた。
ローターの風切り音だ。
小型ドローン。
それも軍用、赤外線索敵装置を積んだタイプ。
「御子神さん、頭上……!」
紅音の声が終わる前に、月の縁から黒い影が浮かび上がった。
球体のドローン三機。
微音で滑るようにこちらへ近づく。
ケイが跳び、手すりの上に乗り、牙を剥いた。
龍雅は即座に判断した。
「走れ。構内から出るぞ。直線で逃げると蜂の巣だ、建物影を使え!」
紅音がタブレットを胸に抱え、全力で駆け出す。
ケイが先行し、獣の勘で危険な方向を避けていく。
しかし、ドローンは逃さない。
上空から赤外線センサーの光が地面を走り、標的の位置を三方向からマークする。
「クソ、完全に狩りの態勢じゃねぇか……!」
龍雅が舌打ちした瞬間――。
正面の管理棟の影から、黒服の男たちが滑るように現れた。
顔を覆う防毒マスク。
肩章のない戦闘服。
自動小銃の銃口がこちらを覗っている。
紅音が息を呑む。
「あれ……陸自じゃない、血の臭い……もっと、凶暴な殺戮部隊の匂いです……」
ケイが低く吠え、龍雅の前に立つ。
毛が逆立ち、背中の筋肉が膨れあがる。
その瞬間、男たちの一人が指を上げた。
指示はただひとつ――
撃てのサイン。
夜気を裂く短い衝撃音。
サプレッサー越しでも、十分に殺意を感じる音だった。
龍雅は紅音を抱えて地面に倒れ込み、ケイが跳躍して弾道から身体を逸らす。
芝生がえぐれた。
「こん、くそったれが……!」
龍雅は叫びながら、影の奥へ紅音を押しやる。
だがそのとき――。
撃ってきた男たちの背後に、別の影が襲いかかった。
男の首が、音もなく後ろに折れる。
ひとり、ふたり、三人……
黒服たちが次々と沈む。
暗闇の奥から、サプレッサーなしの銃声が響いた。
三発。
迷いのない、訓練された精密射撃。
その声が、龍雅には聞こえた。
銃声ではなく、無線の断片。英語だった。
『対象は生存。こちらで確保する。しばらく黙っていろ』
教授の声だ。
龍雅は思わず息を呑む。
「……てめぇ、誰の味方だよ……」
紅音が震えながら言う。
「御子神さん、今の……?」
「クソジジイだ、あいつ。敵かと思ったら、黒服を倒しやがった、どっちの味方だ?」
ケイが振り返り、尾を低くした。
ただの警戒ではない。
敵でも味方でもない、もっと厄介な"存在"の匂いだ。
厄介な存在=早乙女教授が姿を見せた。
スーツの上に防弾ベストを着込み、左手に大型の拳銃、右手にハンドライト。
相変わらず無表情。
ただ、息だけが少し荒い。
彼は龍雅を見るなり、短く言った。
「……急げ。ここは戦場になる」
「もうなってるだろ」
「いや、まだだ。今からが"本番"だ」
教授が指さした方向で、爆音が轟いた。
校舎が、ひとつ炎を吐いた。
火柱が夜空を裂き、その赤い炎の照り返しの向こうに――。
明らかに"複数"の軍団の影がゆらめいた。
煉脈連。
ネオナチス、メンゲレの息子MSO。
そしてCIAの黒組。
x2000に目をつけている連中が全部、来ているのか。
龍雅は息を吐き、紅音とケイを後ろへ守るように位置を変える。
「……上等だ。だったら、生き残ってやるよ。クソジジイ、俺らを撃つなよ」
教授が頷き、背後で拳銃の装填音が鳴った。
そして、大学構内の夜が、ついに完全なる"戦場"へ変貌する……。




