第21話 ヨハネの四騎士 6
地下は、夜でも陽の光を拒絶するような重苦しい空気で満ちていた。
四騎士を迎えるために設計されたはずの会議室は、
今はまるで“処刑前控室”のような冷えた沈黙に沈んでいる。
ユリア・フォン・ハーケンは長テーブルの前に立ち、背筋をまっすぐ伸ばしていた。
だが指先はわずかに震えている。
それを隠せるほど、この場は甘くない。
四騎士が椅子に腰を下ろすだけで、温度が二度は下がった気がした。
白のロータは椅子に座っただけで、空気が白く濁る。
黒のイザベルは背もたれに触れず、影のように佇む。
蒼のヘルマンは呼吸を忘れた死体のように沈黙し、
赤のルカは椅子に拳を叩きつけ、そのまま荒ぶる気配を隠そうともしなかった。
ユリアは緊張と恐怖の表情を隠せないまま口を開く。
「……今回のアパッチによる妨害についてですが……計画外でした。
一部のアメリカ方面──CIAの黒組が独自に……」
「――はぐらかすな」
ロータの声が、刃物のように場を裂いた。
「“CIAが撃った”ことは揺らがない。
訊いているのは、“なぜ我々が狙われたか”だ。」
ユリアは一度目を伏せ、唇を噛んだ。
「……MSO上層には、複数の派閥があります。
あなた方《四騎士》を利用したい派と……“不要”と判断した派が……」
「……不要?」
ルカが椅子を蹴り飛ばすように立ち上がった。
「俺たちを?
この組織が“象徴”として育てた四騎士を?
誰がそんな判断をした!!」
ユリアは怯みながら、それでも言葉を絞る。
「……私にも、その全容は開示されていません。
ただ──今回の作戦命令の一部は“書き換えられた形跡”があるのです」
イザベルがロータへ鋭い視線を向けた。
「その書き換えが……ロータの“異変”と関係しているのかしら。
心臓の不整脈──止まりかけているのよ、何度も」
ユリアの目が大きく開かれた。
「え……? ロータ様が……不整脈……?
私は……何も聞かされていません……!」
「聞かされていない、か」
ロータは低く呟いた。
その声音には、いつになく濁りが混じっていた。
「つまり──MSO上層の“さらに上”が、何かを隠している」
ヘルマンがユリアの背後にすうっと立ち、
囁くように無声音で告げた。
「……裏切り……確率七十九パーセント。
説明不足……情報封鎖……意図的。」
ユリアの喉が震えた。
「違う……違うのです……!
私はあなた方を“棄てた”わけでは……!」
その弁解は、四騎士の誰にも届かない。
ロータが椅子から立ち上がった瞬間、
部屋の温度がさらに下がったように感じられた。
「……要点はひとつだ」
ロータはユリアを見下ろす。
「我々はMSOのために命を賭けた。
だがMSOは、我々を守る姿勢すら見せない。
四騎士は、もはや組織の駒ではない」
ユリアの顔から血の気が引いた。
「ま、待ってください……!
あなた方が離反すれば……MSOは崩壊します……!」
ルカが鼻で笑う。
「知ったこっちゃねぇよ。
“俺たちを捨てた側”がどうなろうが興味ねぇ」
イザベルが静かに目を閉じた。
「……心配しなくていいわ、ユリア。
私たちが怒っているのは“あなた”じゃない。
あなたの奥で糸を引いている“誰か”」
ユリアは震えながらも、その“誰か”を口にできずにいた。
恐怖と忠誠、その両方が喉を塞いでいる。
最初に席を蹴ったのはルカだった。
「……やってられねぇ。頭が冷えねぇと、ここで誰か殺す」
立ち上がり、拳を握り潰す勢いでドアへ向かう。
「ロータが倒れそうになってんのに、
理由ひとつ説明できない組織なんざ信用できねぇ。
六本木でも歩き回って、“血の匂い”を確かめてくる」
「ルカ!」
イザベルが呼び止めるが、彼は振り返らない。
「暴れる気はねぇよ。ただ──俺の勘が言ってる。
“この組織全体が敵だ”ってな」
そう呟き、六本木の夜へと消えていった。
残されたのは、三人の騎士と、震えるユリア。
ロータはゆっくりとユリアに近づき、静かに告げる。
「ユリア──あなた個人の責任ではない。
だが MSOは終わりだ。裏切りは決して許さない」
ユリアの膝が崩れ落ち、床に手をついた。
ロータの胸にまた一瞬、鋭い痛みが走る。
それは単なる不整脈ではない、もっと深いものの前兆のようだった。
この夜、MSOと四騎士の間に決定的な“裂け目”が生まれた。
二度と埋まることのない、深い断絶が。




