第20話 ヨハネの四騎士 5
― MSO日本支局・深夜の帰還 ―
外苑東通り。
深夜の歓楽街の残り香はまだ漂っているのに、路上にはどこか不気味な“静けさ”が漂っていた。
三機のエア・ホースが低空を走り抜け、
その後ろを、ロータを抱えたルカの車体がかろうじて追随する。
ルカの腕の中で、ロータが小さく息を吸った。
――その瞬間、胸の奥がまた強く締めつけられる。
心臓が、一瞬だけ“動きを忘れた”。
呼吸が半拍ズレる。
「……またか」
イザベルが振り向き、顔をしかめた。
「ロータ……今の、また……?」
「問題ない。……ただの不整脈だ」
ロータは短くそう言い切ったが、声にわずかな濁りがあった。
「軽微じゃねぇだろッ!!」
ルカが怒鳴った。
運転中のハンドルが握り潰れそうだ。
「さっきから何度だ!? てめぇの心臓が止まりかけたのは──三回か?四回か!?」
ロータは答えない。
代わりに、ヘルマンが低い声で呟いた。
「……死の色が……“深い”。
ロータ……内部因子の崩壊が進行中」
その言葉に、イザベルの肩がわずかに震えた。
四騎士の編隊は、六本木のナマズ・ビル裏手へ滑り込むように着地した。
ロータの機体はもう残骸同然。装甲は焼け焦げ、片翼は消失。
三騎士の車体だけがかろうじて原形を保っている。
ビルの裏搬入口から、ユリアの護衛たちが飛び出してきた。
「お戻りなさいま──第一騎士が負傷!? 一体──」
ルカは護衛を突き飛ばし、怒声を叩きつける。
「何が、だと? CIAのヘルファイアだよ!
“俺たち”は撃ち込まれたんだ!!
MSOの王冠をだぞッ!!」
護衛が青ざめて後ずさる。
イザベルが、氷のような声で続けた。
「あなたたち、気づいていなかったの?
誘導信号──“CIAブラックセクション”の暗号よ」
ユリアは一瞬だけ表情を固めた。
ほんの一瞬で、すぐに管理職の顔へ戻す。
「……深追いは禁物です。
まずは上層部で──」
「違う」
ロータの声が静かに遮った。
その声には“感情がない”はずなのに、今日は微かな濁りがあった。
「作戦の再説明など不要だ。
必要なのは──CIAが“我々を殺しに来た”理由の説明だ。」
空気が一気に張りつめる。
廊下の壁が震えるほどの殺気を、ルカがまき散らした。
「ユリア。俺はてめぇを部下と思ったことはねぇ。
だが一つだけ言ってやる」
イザベルがルカの肩に触れ、静かに続けた。
「──もしMSOが、私たちを“捨て駒”にしようとしているのなら」
ルカとイザベルの視線が鋭く重なる。
「戦争になるわよ。あなたたち“上”と、私たち四騎士との。」
ヘルマンはユリアの横をすれ違いざま、淡々と告げた。
「……裏切り……確率、七十二パーセント。MSO上層……“作戦計画改変”の兆候あり」
ユリアの息がわずかに乱れた。
唇を噛み、数秒の沈黙の後、深く頭を垂れる。
「……会議室へ。“すべて”を話します」
ロータは無表情のまま頷いた。
その胸には、再び微かな痛みが走っていた。
四騎士の足音が、薄暗い廊下に吸い込まれていく。
アパッチ部隊の襲撃を発端に、MSO内部の“軋み”が、誤魔化せないほどの段階まで進展した。




