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第15話 阿羅業神醫 4

炎琳は、雲南省の一部族に生まれた。


戸籍が存在しない"影の子"。


幼い頃から、誰からも教わることなく「薬草」と「毒草」の違いを嗅ぎ分けることが出来た。


煉脈連に拾われ、薬物の肝、腎における代謝機能に関して遺伝子操作が行われ、ほぼすべての自然毒・人工毒を中和してしまう体質になっている。


その上で外科研修を叩き込まれ、「殺せる医師」として育成された。


死を処方する医師……炎琳はその典型にして完成形だ。


炎琳も、阿羅業の過去を知っている。


阿羅業の両親――怠惰で、酒と賭け事に溺れた夫婦。


自分たちの生活費ほしさに、十歳の息子、神醫を"臓器ドナー"として煉脈連に売った。


阿羅業は、本来なら臓器を抜かれて死ぬはずだった。


だが煉脈連の天才外科医、王鎮魂ワン・チェンフンが言った――こいつは臓器より手を使わせた方がいいと。


王に才能を認められ、手術助手として命を拾ったこと。


煉脈連内部では、阿羅業の評価はこうだ。


「阿羅業は"成功例"であり、また"完全な失敗例"でもあった」


技術は神の領域、思想は忌むべき反逆思想に塗れ、忠誠心は一切ゼロ、しかし医学においての才能は組織が欲しがる水準。


しかして、炎琳も無論、病を治せる。


同じ手つきで、静かに殺すこともできる。


氷の如く冷え切った心で、水銀の如く柔らかく、重く、青酸の如き猛毒で、標的を殺す。


ミッションに感情を挟まず、必要があれば子どもも殺す。


逆に必要なら、それを救うために味方をも殺す。


「使命」に対してだけ、異常な忠誠を持つが、殺人依存症やサディズムとは違う。


彼女の中にあるのは、倫理感の空白。


その空白は、煉脈連内部でも異彩を放っていた。


阿羅業も炎琳と、似通った境遇で煉脈連で医術を叩きこまれた。


しかし、阿羅業には、心の底には、人間だった頃の優しさの残骸がある。"弱い命は、守らなければ死ぬ"と。


炎琳にそれはない。


炎琳はその、自己のアンビバレンスを理解しており、だからこそ彼を殺すことも、生かして利用することもできる立場にいると煉脈連は理解していて、この場に送り込んだのであった。


利用できるなら生かせ、できなければ消せ、と。


炎琳は今、阿羅業を消すことは考えていない。


阿羅業のヒューマニズムを利用させて、x2500の元へ案内させようと考えている。


MSO、CIAという敵と争っている限り、寧ろ、何が何でも、当座は、阿羅業を味方につけておきたい。


「今ならば、あなたと我々は、CIA、MSOより先にⅹ2500へ辿り着ける。両者、協力ができないのなら、せめて、ひとまず休戦はしませんか?」


阿羅業は、長い沈黙の後で口を開いた。


「……俺は事を構えたいわけじゃない。休戦?そもそも、初めから俺はお前たちの戦いに加わってるつもりなどない。だが――お前らが、x2500を盗むつもりなら、俺は煉脈連を焼き潰す。ついてくるなら勝手にしろ」


炎琳の瞳が揺れる。


阿羅業は歩き出す。


背を向けたまま呟く。


「俺は組織の駒ではない。"一人の患者"のためなら――世界全部を敵に回す」


張はその背中を見送りながら、ぽつりと言った。


「……阿羅業。あなたが恐ろしいのは、闇を背負ったまま"光に触れようとする"ところだ。とても危険だが、うまくゆけば、闇と光、両方の世界に在る宝を両手にすることができる」


阿羅業は振り返らない。


その背に炎琳が声を投げる。


「急ぎましょう。御子神龍雅のいる研究所の場所を、早晩、CIAも、MSOも見つけるでしょう。x2500を奪われれば――」


阿羅業は歩みを止めず、ただ言った。


「少女は死ぬ、か。ならば俺達が一番に着く」


そして、二人は夜の闇に溶けた。


ただ、前へ進む。


遠くに――。


御子神龍雅のいる研究所の闇が口を開けていた。


風が吹いた。


血と毒と鉄の臭いが、夜に溶けていく。


阿羅業と炎琳が往く先は、御子神龍雅の隠れ家だ。


少女の命を救うために。そして、自分自身の消し去ることのできない己の運命と向き合うために。




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