第14話 阿羅業神醫 3
女は阿羅業へ向き直る。
「相変わらずですね。"弱い相手"には、容赦がない」
阿羅業は首を横に振った。
「殺してはいない。無力化しただけだ」
女の目が細くなる。
「優しいのですね、阿羅業神醫」
阿羅業は無言で返す。
女は近づき、耳許で静かに囁いた。
「……この程度の刺客で殺れると思っていません。これは"小手調べ"です。あなたが昔と同じかどうかを見ただけ」
「張 炎琳……」
生体改変技術部・戦術医療班、副主任・暗殺医師、炎琳は笑っていた。
阿羅業は淡々と尋ねた。
「結果は?」
炎琳は美しく、しかしどこか悲しい笑みを浮かべた。
「あなたは、組織にいたあの頃のまま。だからこそ、我々はあなたを恐れている。でも、阿羅業神醫。あなたが、"普通の街医者"を演じていると聞いて、心が躍りましたよ」
「俺が目障りなので消しに来たのか。いつでも受けて立つぜ」
「煉脈連は、利用価値がある人材は大事にします。たとえ少々、やんちゃが過ぎたとしても」
「何に利用しようとしているのは、想像がつくぜ。そういえば、多摩丘陵の大学で、戦闘があったという噂だが、狙いはあれか、遺伝子統合器か?」
「おっしゃる通り……、ただ、競合者がいましてね。ネオナチMSO、CIA、更には、陸自陸幕二部も狙っている噂が……、あなたも、遺伝子統合器で、心筋線維芽細胞を創ろうと考えている」
「で?」
「組みませんか、我々、煉脈連と……」
阿羅業は一瞬、口を噤んだ。
「いいのか?裏切るかもしれんぜ。いや、煉脈連が俺を裏切るかもな」
「それは、お互い様です。CIAとMSOが動いています。あなたの大事な少女は……遺伝子統合器が無ければ"助からない"」
阿羅業の眼が、静かに燃えた。
炎琳は最後にこう告げた。
「阿羅業。もう一度だけ言います。"協力しませんか?" あなたが誰の敵で、誰の味方かなんて興味はない。ただ、x2500が奪われれば、少女は死ぬ。そうなる前に……私たち、煉脈連と手を組めば、救える」
阿羅業は炎琳を見据え、低く、重く言った。
「……俺は"誰とも組まない"。少女一人の命のために戦う。それが俺の医療だ」
炎琳の瞳に、微かな震えが走った。
そして、薄い紅を貌にさした。
怒りの紅ではなく――理解の色だ。
「……やはりあなたは、煉脈連が生んだ最高の"失敗作"ですね。ただ、私は、こう命じられています。阿羅業と接触せよ。利用価値があるなら"味方"として扱え。危険すぎるなら……薄紅で殺せ」
「薄紅……」
それが脅しでないことは明らかだった。
薄紅の名前は、煉脈連での炎琳の作戦名も兼ねている。
その由来は単純であった。
彼女が殺した相手の皮膚は、皆、"薄い紅色の皮膚の死体となる"からだ。
傷つけることなく"病"のように人を死なせる。
方法は、一切、明かさない。
煉脈連の内部でも、彼女の手口を完全に知る者はいない。
医師という皮をかぶった殺し屋。
それが炎琳。
経歴の不気味さは、阿羅業にも引けをとらない。




