第11話 再生 4
ケイの進化が落ち着いたように見えたときだった。
x2500のカプセル内部で、突然、パルス光が一度だけ脈打った。
ドクン、と心臓の鼓動にも似た重い響き。
紅音が身をすくめる。
「ひいっ、い、今の……何ですか……?」
龍雅は端末へ駆け寄り、x2500の異常ログを確認する。
《外部刺激ではありません》
《内部記憶領域の解凍を確認》
《再生準備完了》
龍雅は眉を寄せた。
「内部記憶……?誰がこんなも……」
だが言葉の途中で気づいた。
x2500が起動権限として認識したのは──御子神龍雅の"血統"だった。
もし誰かがここに"何か"を残していたなら、それは他でもない。
亡き父・御子神剛。
早乙女が低く言った。
「再生されるぞ。映像か、音声か……覚悟して見ろ」
紅音は不安げに龍雅を見つめる。
「見ますか……?辛い記憶のかけらかもしれない……」
龍雅は一度、ケイの頭を撫でた。その毛皮の温度で、気持ちを落ち着かせる。
そして端末の"再生"を押した。
《記録映像 開始》
画面が砂嵐のように揺れ、やがてひとりの男が映し出された。
白衣。
細身の体。
目は鋭く、
背筋は硬く伸びている。
御子神剛だった。
紅音は思わず息を呑む。
龍雅は微動だにしない。
長い眠りの後に、墓から父が起き上がってきたような錯覚さえ覚えた。
映像の剛は、無表情のまま淡々と話し始めた。
「……これを見ているのが、誰であるかは問わん。だが、おそらくは龍雅。お前だろうな」
龍雅の拳が、静かに握られる。
「この装置──x2500は、単なるゲノム修復機ではない。"生体選別改造装置"だ。生命体の構造を解析し、最適解に強制的に書き換え、究極的に生体のあるべき姿へと進化させる」
早乙女が小声で呟く。
「……兵器だな」
剛は淡々と続ける。
「私は戦争の中で生き、科学が人を救うなどという幻想はとうに捨てている。遺伝子は兵器だ。
進化は、知性で制御できる暴力だ」
紅音が震えた声で言う。
「御子神さん……あなたの、お父さん……」
龍雅は答えなかった。
ただ、剛の目を食い入るように見つめている。
映像は続く。
「龍雅。お前は"創造衝動"を持って生まれた。それは才能であると同時に呪われた気質だ。私はそれを知っていた。だから、お前をここで育てた」
紅音が小さく震えた。
龍雅の生まれ育った場所。人を救う場所ではなく、"人を創る場所"。
剛の声は感情がないのに、どこか温度を帯びていた。
「覚えているか、龍雅。お前がまだ幼い頃、私は言ったな。
"神になるな。神を創れ。"その意味を……お前は今なら理解できるはずだ」
龍雅の身体が硬直した。
剛は静かに続ける。
「人は弱い。だが神は、強い。戦争で生き残れるのは人ではなく、神だ。されば、神を創るものは神を超えた存在として世界に君臨することになる。だから私は、お前に、神を"創造"する力を与えた」
画面が揺れ、剛の表情が初めてわずかに緩んだ。
「……龍雅。生きろ。この装置は、お前の武器だ。使いたいなら使え。捨てたいなら壊せ。選ぶのは……お前だ」
映像が砂嵐に変わり、完全に途切れた。
紅音は涙をこぼしていた。
早乙女は無言のまま、銃を下ろした。
龍雅はしばらく動けなかった。
肩が震えていた。怒りか悲しみか、判別できない震え。
そして、ひとつ息を吐いた。
「……親父らしいな。命令でも手助けでもなく……ただ俺に"選ばせる"だけか……」
ケイが龍雅に近づき、頭を寄せてきた。
その温もりが、龍雅の凍てついていた胸の裡を少しだけ溶かした。
紅音が涙声で言う。
「御子神さん……お父さん……あなたの能力を……信じてたんですね……」
龍雅はゆっくり紅音を見た。
「……信じてたんじゃねぇだろうな。ただ、利用する覚悟があったんだろう、あの男は。俺の才能も、俺の人生も……俺の怒りも」
紅音は言葉を失った。
龍雅はゆっくり立ち上がり、x2500の方へと向き直った。
「親父……お前の道具になってたまるかよ。俺は俺の力で生きる。ケイと、紅音と、生き残る。神を創ってまで、世界に君臨しようとは思わねえ」
部屋の空気が、わずかに震えた。
まるで剛の亡霊が"見せてもらおうか"と笑っているかのようだった。




