第10話 再生 3
ケイは確かにそこにいた。
だが、その輪郭はもう「以前のケイ」ではなかった。
紅音が恐る恐る呟いた。
「……ケイ……大きく……なりました……?」
龍雅はゆっくり頷く。
「筋肉量が……増えてる。骨格も変わった。特に後肢が……猛獣の脚に近い。重心まで……変えやがった……」
紅音が言葉を失う。
「それって……治療じゃなくて……"作り直した"ってこと……?」
龍雅はカプセルのロックを解除し、ゆっくり蓋を開けた。
ケイが一歩、外へ出る。
その歩みはまだ弱々しいが、傷のあった肩には、もう血が流れていなかった。
そればかりか、肩の筋肉は明らかに隆々と肥厚している。
龍雅はケイの身体をそっと支えた。
「痛み……なさそうだな。出血も……止まってる。傷跡が……もう塞がってる……」
紅音が目を丸くした。
「治ってる……?あんなに……酷かった傷が……!」
龍雅の声が低く震えた。
「自己修復……違う。"自己進化"だ……」
そのとき、ケイが突然、龍雅から離れて部屋の隅へ移動した。
その動きは以前のケイにはなかった速度だった。
ほんの一瞬、空気がケイの軌跡を置き去りにした。
紅音が息を呑む。
「は、速い……さっきまで……動けなかったのに……!」
ケイは何かを感じ取るように耳を動かし、低く、深く唸り声を上げた。
それは警戒ではなく、"解析"に近い声だった。
まるで周囲の音を拾い、敵と味方の区別を、本能ではなく"理解"で行っている。
龍雅は顔色を変えた。
「……紅音。聞こえるか?」
「何がですか……?」
「この唸り……ただの反応じゃねぇ。"共鳴"だ。周りの空気……振動してる」
紅音は息を止めた。
部屋の空気が微かに震えていた。
機械の振動ではない。
ケイの身体が発している"低周波"のようなものだった。
早乙女が眉を寄せる。
「獣の能力じゃない。二十メートル先の気配を拾っている……いや、"分析"している……」
ケイがゆっくり龍雅のほうへ振り返る。
その瞳は以前より深く、どこか"人に近い"光を宿していた。
紅音が震えた声で言う。
「ケイ……わかってます……?御子神さんとか……私とか……だれが仲間で、どれが敵か……」
ケイは静かに、尾を一度だけ振った。
龍雅の胸が強く締めつけられた。
「……わかってる。見りゃわかる。こいつ……俺たちの声、意味まで全て理解してる」
紅音が涙を浮かべた。
「ケイ……戻ってきてくれて……本当に……」
だが、龍雅は手をケイに伸ばしながら、心の底で別の冷たいものを感じていた。
――ケイの"知的能力"は、人の知性に近い。
――いや、おそらくは人智を超えている。
ケイは龍雅の手を舐めた。だがその舌は、以前より「温度」が違った。
まるで機械が生体として適応したときの微妙な熱のような。
龍雅は低く呟いた。
「……ケイ。お前……何になったんだ……」
ケイは答えない。
ただ静かに、龍雅の横に立った。
その姿は、犬型でも獣型でもなく、
"戦場に立つ何者か"のようだった。
紅音が震える声で言う。
「御子神さん……ケイは……もう"大丈夫"なんですか……?」
龍雅は答えなかった。
代わりに早乙女が静かに言った。
「大丈夫かどうかは……敵に会えばわかる。あいつは"守るために進化した"のか、"戦いをしかけて攻撃するために進化した"のか」
ケイの瞳が、その言葉に反応したように見えた。
龍雅はケイの頭を撫でながら言った。
「……ケイ。どうでもいい。お前が生きてればそれでいい。ただひとつだけ……」
ケイが龍雅を見る。
龍雅は静かに言った。
「……俺から離れるな」
ケイは、力強く尾を振った。
その音が、静かな研究所に小さく、しかし確かに響いた。




