第9話 真也の闘い
またあの部屋に戻って抱き合うふたり。
だが、外にはまたあいつが待ち構えている。
真也は闘う決心を固め・・
3度目の5月28日、午前3時50分。
ひろみと真也は、またあの部屋で抱き合っている。
真也の腕の中にすっぽりと収まったひろみは、目を瞑ったまま。
「ね、もうすぐ4時になる?」
ひろみの顔を見つめていた真也は、顔を上げて時計を確認した。
「うん、あと10分くらいで4時になる」
「そっか、じゃあ、もう帰る準備だね」
「うん、それと・・・闘う準備もだ」
・
・
店を出たふたりは、注意深く通りを見渡した。店にあいつが来ていないのはマネージャーに確認済み。もし襲ってくるなら、風俗店が集まるこの辺りから大通りに出る路地裏だろう。前回と同じだ。
「じゃ、行こう、ひろみ」
ひろみは黙って頷き、真也の後ろに続いた。
「あいつ、来ないね」
大通りに向かう細い通りを歩きながらひろみが呟いた。道はいくつか交差していたが、何人かが通り過ぎただけで、あいつ、ひろみを襲った凶暴な男の姿はなかった。だが真也は、何とも言えない違和感を感じていた。
-前回、こんなに人通りはなかった・・・はずだ。
「あ、あれ?」
ひろみが声を上げる。ふたりの前方で、男がふたり立ち止まったからだ。
「ひろみ、傍に来て」
ふたりは建物を背にして立ち止まる。後ろを確認すると、先ほど通り過ぎたと思った男がふたり、こちらに向かってくる。
「真也、4人いる。あいつは・・いない?」
4人はふたりの姿を確認するように目を配った。
「こいつらか?」
「ああ、そうだ。コムがやられたヤツ、こいつらだよ」
「へぇ、こんなのにコム、やられたの?」
「ああ、剣道やるんだって、あの男の方な」
「へぇ、でも・・・木刀とか?持ってないじゃん」
「なぁ!コム、こいつらで間違いないんだろ?」
ひとりが後ろの暗がりに向かって声を掛けた。そこには、あいつがいた。建物の影からのそりと出てくる。
「ほぉ~、なんも持ってないのか。俺はてっきり武器を用意してると思って、仲間を連れてきたのになぁ」
コムと呼ばれた男、見た目は普通のサラリーマン風。だがその物腰は到底堅気のものではない。あとの4人は見るからに”ワルイ輩”だ。イメージ通りのヤクザ、という風体ではなく、いわゆる”半グレ”だった。
「お前さぁ、俺のこと、こんなカッコだからって舐めるんじゃねぇぞ。このカッコはなぁ、あれだよ、カネ持ってそうなオヤジに近づいて、で、あれするんだよ。ボコボコ?」
コムはさも楽しそうに話し出した。つまりこの男たちは、スーツ姿でサラリーマンを安心させ、集団で暴行してカネを巻き上げる、オヤジ狩りの一団。
5人は暗がりでも分かるいやらしい笑みを顔に貼り付けて、ふたりに近づく。
-こんな時は、先手っ!!
真也が動いた。ズボンの尻に隠していた伸縮警棒を手に取ると、思い切り振り下ろす。
”ジャッキンっ!!”
頼もしい音を立てて、1mほどの金属棒が現れる。真也は振った勢いのまま一番前に出ていた男に迫る。
「ッツゥアアアーーーーイっ!!!」
真也の気合いが男を圧倒した。怯んだ隙を逃さず警棒を男の側頭に打ち込む。
「ッガッハァア・・」
男はこめかみへの一撃で昏倒した。残り4人。
一度真也に手も足も出なかったコムは、瞬間的に数歩後ずさる。
「こいつっ!!」
真也のスピードは男たちを凌駕している。ひとりが腕を振り上げて殴り掛かってくるが、真也は腕を振ることすら許さない。側頭を打ち抜いた警棒を切り返し、そのまま男が振り上げた腕を捉える。
”ごっきぃ”
男の手首が気味の悪い音を立てておかしな方向に曲がった。残り3人。
「おいお前ら、突っ込むな!間合いを取れ間合いを!!」
コムが叫ぶが、残るふたりは聞かない。同時に襲い掛かるふたりの手には、ナイフが握られている。
「フッ!!」
真也は向かって左の男に狙いを定め、ナイフを持つ手首にカウンターを決め、そのまま返す刀で顎を砕いた。
男は声も上げず、白目を剥いて仰向けに倒れる。あと2人。
真也は突っ込んできたもうひとりの男に向き直り、その勢いを警棒に込め、男のあばらに叩き込む。警棒はあばらを砕き、悶絶・・・となる寸前、真也の足に何かが絡んだ。
「あっ!ぐぅっ!!」
もんどり打って倒れた真也の両足に挟まっていたのは、モップだ。
「おらぁ!やったぜ!!ユッキー、やっちまえ!!」
コムが吠える。モップはコムが投げたのだ。前回、自分が滅多打ちにされたモップを、今回は真也の足に目掛けて。
「おっしゃ!コム、やりぃっ!!」
ユッキーと呼ばれた男は倒れた真也の腹を蹴り上げる。真也の口からゲホゲホと音が漏れる。2発、3発。
「ひゅ〜っ、やったやった!!ユッキー、それ俺に貸せよ」
倒れたまま腹を抱える真也を見下ろして、コムがナイフを手にした。そして真也の背後に回ったユッキーは真也の右腕と首を膝で押さえ付け、その動きを封じる。
「ひひひ・・・どこを切る?」
「あぁああっ!真也っ!やめて、やめてよぉ!」
それまで見守るだけだったひろみが悲鳴を上げた。コムはひろみを見やると、非情に笑う。
「やめるわけないでしょ。それにさ、こいつを刻んだら、次はお前だしぃ」
コムは大抵の悪役がそうするように、手に持ったナイフをこれ見よがしにかざし、ナイフの腹で真也の頬をペタペタと叩いた。
「だめ!だめよ!!真也!」
「ダメよぉおおお!ってか?だからダメだっつってんの!!」
ひろみを一瞥したコムは、なんの前置きもなく真也の手の平にナイフを突き刺した。ナイフは手の平を貫通している。手の下から血だまりが広がる。
「ああっぐぅっ!!」
「きゃあああーーーっ!!」
真也の悲鳴が響く。だがそれよりも大きな悲鳴をひろみが上げる。
そしてひろみは、叫んだ。
・
・
・
つづく
お読みいただいて、ありがとうございます。
毎日1話の更新を予定しています。
よろしくお願いいたします。




