表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/39

第8話 ひろみと真也は恋をする

時間が戻っている。

たくさん語り合い、そう確信したひろみと真也は抱き合いながらその瞬間を迎える。


 あの日、真也は客としてひろみと会い、ひろみは客である真也に抱かれた。真也は初めてで、下手だった。

 だが、にじみ出る真也の人柄や細いけれど筋肉質でしなやかな体に、ひろみは最初から惹かれていた。


 それから5月30日の夜中まで、ひろみは普通の日常を送っている。それは真也も同じ。学校に行き、友達と会い、バイトをする。それだけだ。ただひとつ、いつもと違ったのは、女性を知ったことだけ。


 だが、今日も5月28日なのだ。あれは夢だと思った。だけど違う。自分たちふたりだけではない。あの男がそれを証明した。

 あの凶暴な男、5月30日の夜、ひろみに付いた客。あいつはひろみのことを覚えていて、店まで探しに来た。


 それはつまり、時間が戻っていて全ての人間がそのことを覚えているのかもしれない、ということを意味している。


「ね、もしもまた時間が戻るとしたら、どうなると思う?」

「うん、今日は28日、時間が戻るのは明後日の夜だね。そしてまた僕たちは・・」


 そこまで言うと、真也は恥ずかしげに目線を逸らした。


「だよねぇ、私たち、またあの部屋で繋がってるんだ」

「うわぁ、そんな・・じゃあもし、このループが本当で、ず~っとループするとしたら、僕たちは、ず~っと?」

「あはは、そうね!時間が戻るたんびに二人っきりで・・・あれ?もしかして、嫌?」

「え!嫌って言うか、その~・・・やじゃない、です」

「ホント?うれしっ!!」

「でもねひろみさん、またあそこに戻るって言うことは、またあいつが来るかも、ってことですよ?」

「そうだよねぇ、でもさ、真也君すっごく強かったでしょ?剣道?大学でやってるの?あれ、モップでしょ?またあいつが来ても、真也君、また私のこと守ってくれる?」

「うん、守る。剣道は高校までなんだけど、守るよ。でも、次はあいつだって準備してくるかも知れないし、そしたら僕、ひろみさんを守れるかどうか・・・分かんない」


 そう言う真也を見ながら、ひろみは嬉しかった。ここまで誠実に自分と向き合ってくれる男。こんな男もいるんだ。そう思えた。それに、ひろみには別の自信があった。


「大丈夫、真也君。夜の街を舐めんなよ?」


 ひろみの顔は明るい。その顔を見ていると、真也も安心できた。


「ふぅ、もう8時か、なんか眠くなっちゃった。お腹も空いたなぁ。ひろみさん、どうします?」

「ホントだね。なんか眠いね。なんか食べて、寝よっか。私、昼から学校なんだ」

「僕もです。それに、夜はバイトで」

「うふふ・・・がっついてないのが今どきっていうのかな?でもさ、お試しなんだけど、明後日の30日、私、仕事休んじゃうからさ、夜、ここに来ない?」

「え?ってことは、もしホントに時間が戻ったら・・えええ~?」

「なぁに?やっぱり・・いや?」

「いえ・・はい、来ます」

「決まり!じゃあなにか食べよ?そして寝よ!!」


 ふたりは頷いて、台所に向かった。



 昼前に起きた真也は、ひろみの寝顔を見つめ、そして部屋を出た。


「明後日、来るね」


 寝ているひろみにそう告げて。



 5月30日、真也がひろみの部屋に来たのは午後9時頃だ。そしてふたりは真也が持ってきたピザを食べ、冷蔵庫にあったビールを飲んだ。


 ひろみとの会話は楽しい。ショートヘアを揺らして笑う顔は可愛らしい。


 僕は、この人のことが好きなのか?

 

 出会ったのはあの店の部屋、僕は客だった。そしてもう一度、あの部屋に戻ったとき、ふたりはまた繋がっていた。その後、凶暴な男と闘い、ひろみを守った。真也の脳裏にその光景が蘇る。


 ひろみの腕を掴んで引き摺る男。抗うひろみを殴ろうと腕を振り上げる男。シャッターが閉まった店先に置いてあるバケツとモップが目に入る。すばやく駆け寄ってモップを掴み、その柄を男に向けて構えた。

 後は考える暇もなかった。いや、考える前に打ち込んでいた。そして逃げ去る男の背中。暗がりに消えていく・・・


 思い出すと体が震える。武者震いか。

  

 気が付くと、ひろみが僕の手を握っていた。


「真也、こんなに震えてる。なぁに?まだ緊張するの?」


 僕は頭を振った。


「ううん、ひろみさんを守ったときのことを思い出してた。もうすぐ、また闘うかもしれないでしょ?だからかな・・」


 ひろみの瞳が見る間に潤むのが分かる。そして感極まった声を上げる。


「もうっ!ひろみさんじゃない!ひろみって呼んで!いいでしょ?」


 そう言うと、ひろみは僕の頭を胸に抱いた。柔らかなひろみの胸。着痩せするふたつの大きなふくらみ。僕の顔が上気する。ふと見上げると、ひろみの顔も真っ赤だ。


 酔っているわけじゃ、ない。


「ね、ほら、もう11時半過ぎたよ?」


 ひろみが僕を見つめる。僕もひろみの瞳から目が離せない。


「ね、しよ?」


 ふたりの唇が、自然と重なった。



 23時59分。


 僕の胸の下で、ひろみの小柄な体が跳ねている。

 あの店のあの部屋で繋がった。あのときはそんなこと、考える余裕はなかった。


 でも今は、きっと今も下手くそなんだけど、ちょっと違う。


 ひろみの体は柔らかい。抱き締めると千切れてしまいそうだ。


 僕は大事に、大事にひろみを扱う。

 ひろみも僕の動きに合わせて、ときどき笑顔になって、そしてキスをせがんだ。


 ああ・・・もう頭の中が真っ白になる。


 日付が変わる、その瞬間だった。

 僕の頭の中は、5月28日、午前3時過ぎまでの記憶に支配された。


 つい先ほど、僕はこの店に入って、ふと目に付いた写真の女性を指差して、お金を払って、この部屋に入って、ひろみと出会い、他愛ない話をして、精一杯見栄を張って、自分で服を脱いで・・・


 そこから先の記憶、最初の3日間は、ごく普通の日常を過ごした。そして次の3日間、またひろみと繋がり、あいつと闘った。


 僕はひろみの家でピザを食べて、ビールを飲んで、そして、ひろみとキスをした。


 柔らかな唇、柔らかな体。抱き締めれば千切れそうだ。ショートヘアが乱れて、ひろみが笑って・・・


 今、またあの店の、あの部屋にいる。


 ひろみと目が合った。「続けて」とひろみが囁いた。


 僕は、ひろみと一緒になった。本当に、一緒になった。



つづく


お読みいただいて、ありがとうございます。

毎日1話の更新を予定しています。

よろしくお願いいたします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ