第67話 ヒムカノトモシビ
始まった4日目への挑戦。
その実験は人類にとって最後の希望だった。
奮闘する浜比嘉たち。そして実験の最中、藤間綾子が見たものとは・・
作業に没頭する浜比嘉を見守る尚巴と麻理子、ふたりの手はしっかりと繋がれていた。
この実験が失敗すれば、また時間は戻る。
麻理子はビルの屋上でコンクリートの角を蹴り、尚巴は落ちる麻理子を救うため、椅子を蹴り飛ばして走るのだ。
そして浜比嘉青雲の、ふたりの叔父の手が止まった。
5月30日、23時30分。
藤間綾子の声がヒムカに響く。
「それでは実験を開始します。すでにハドロン粒子は十分な速度に加速されています。これから磁力線による精密制御の元、衝突実験ルーティーンに移ります。実験は23時59分から1分間、衝突予測回数、おおよそ100万回」
3日間のループを破るため、ヒムカが作り出そうとしている量子的エネルギー現象、それはブラックホールの生成だった。
ヒムカの中で起きる超高エネルギーハドロン粒子の衝突で発生するエネルギーは、約30兆電子ボルト。セレンが発生させる13兆電子ボルトを遙かに上回る。
その凄まじいエネルギーが、ヒムカの中に極微のブラックホールを作り出すのだ。
だが、実験中にブラックホールが発生したとしても、それを認識することはできない。本来、衝突時に得られた様々なデータを分析して初めて分かるものだから。
しかし今回は分かる。
成功すれば、4日目があるからだ。
5月30日、23時59分00秒。
「ハドロン粒子衝突実験、開始しました!各測定チームは異常数値の検出に集中してください!」
ヒムカの中で光速に限りなく近づいたハドロン粒子は、浜比嘉が入力したデータによって精密に制御され衝突を繰り返す。そして放出されるエネルギーによって様々な量子物理現象を引き起こしていた。
その中のひとつに、ブラックホール生成も含まれる。
「なにもない?各チーム数値を注視して!なにもないの?」
藤間が測定チームに確認を促す。
-なにか、なにかないの?なにも、ない?
誰もがブラックホール生成の証拠を諦めかけたとき、超高感度光度測定チームから声が上がった。
「藤間教授!光です!ハドロン粒子の衝突点から正体不明の光を観測しました!」
「光?竹山さん、浜比嘉さん!これはっ!」
藤間の声に応え、ふたりが同時に声を上げる。
「藤間!レフチェンコ光だ!!」
「それはレフチェンコ放射だぞ!藤間君!」
レフチェンコ光、あるいはレフチェンコ放射とは、ある点から放射される光がその場所における光速を超えたとき発生する特殊な光のことだ。
光速は宇宙空間、大気中、ガラスや水中などで違うことが知られている。レフチェンコ光を観測したということは、ヒムカ内の光速度より早い光が放たれたということなのだ。
藤間がつぶやいた。
「これはつまり、ブラックホールが近傍の分子を呑み、その瞬間放たれたビームが光を放射して、それがレフチェンコ放射を生んだ・・」
「そのとおりだぞ!藤間っ!!」
「藤間君、成功だ、我々はブラックホールを作った!!」
ヒムカが作りだした極微のブラックホール。
それは小さすぎて、事象の地平面内に物質を引き込むことはできない。せいぜい近傍にある気体分子を呑み込むだけだ。そして極微のブラックホールは、ホーキング放射によって瞬時に崩壊する。
現代の天才、スティーブン・ホーキングの理論どおり、ヒムカが作りだしたブラックホールは一瞬の後に消え去った。
宇宙で生ずる重力の波は光速で移動する。だから、宇宙の彼方まで届くには138億年掛かる。ヒムカが作ったブラックホールの重力波も同様だ。
しかし量子の大海原に投じられた一滴の水の波紋は、全宇宙に満ち満ちて破裂を待つばかりの量子空間エネルギーを瞬時に震わせた。
5月30日、23時59分58秒。
ヒムカにブラックホールはできた。箱庭迷路の破壊は成功したのか?失敗なら、すぐに時間は戻る。
尚巴と麻理子の手に力がこもる。ふたりは目を瞑った。
5月31日、00時00分01秒。
尚巴と麻理子は目を開けた。麻理子は空中にいないことを、尚巴はデスクにいないことを、お互いの顔を見て確認した。
「戻ってない、戻ってないぞ!麻理子っ!!」
「尚巴さん、私、飛んでない・・4日目、4日目なのよ?信じられる?」
尚巴と麻理子は抱き合った。ようやく終わるのだ、麻理子が死ぬ運命の日々が。
「わああー!やった、やったぞ!!5月31日だ、明日が来たぞ!!」
誰かが叫んでいる。
ふたりは更にきつく抱き合った。
もう離れない、と思った。
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つづく
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