第66話 クロスライト
ソードとの激闘は終り、浜比嘉はヒムカの調整に取り組んでいた。
そこに現れたヤモリの提案で、小鉢はクロスライトの世界配信を開始する。
世界にメッセージを送る来斗、そこで語るのは、自らの正体だ。
5月30日、午後20時過ぎ。
超高エネルギーハドロン粒子加速器“ヒムカ”は、この3日間のループが始まるずっと前から動き続けている。試験運用ではあったが、このような巨大装置はシャットダウンとスタートアップに膨大な時間と電力を要するからだ。
いくつものキーボードの上で浜比嘉の指が踊る。膨大なデータと難解な定数、そして複雑なパラメータの入力には神経を使う。浜比嘉が入力するたびに、竹山、藤間を始め、科学者の面々がその値を確認、検証していった。
更に、入力されたパラメータは実行するルーティーン毎に変化して引き継がれるから、その変化を精密に計算する必要があった。
間違えれば期待した現象は起きない。小さすぎれば現象は収束し、大きすぎれば現象が暴走するのだ。その数値と手順を、浜比嘉は全て頭に入れている。
一連の作業は、5月29日の未明からほとんどぶっ通しで続いていた。
竹山と藤間はその手順を確認しながらも、浜比嘉の体調を心配していた。なにしろソードとの激しい戦闘の後、数時間の休憩しか取っていないのだ。29日にヒムカに入ったふたりとは違う。
「浜比嘉君、大丈夫か?データはもうかなり入ったから、少しでも休むか?」
「いやいや竹山さん!大丈夫だいじょぶ!俺も物理学者の端くれ、徹夜には慣れてますって!」
「もう、浜比嘉さん強がっても駄目ですよ?昨日は死ぬとこだったのに!最後の最後あなたが倒れちゃったら、どうするの?」
「ほお・・藤間、そんときはお前に頼むよ!もう少しで暗記問題終わりだからよ!」
浜比嘉もやせ我慢だったが、倒れるつもりなど毛頭なかった。あと4時間足らずで時間が戻る。
「や~るぞ~、わんに、まかちょ~け~!!あ、俺に任せろって意味ね」
竹山も藤間も、もう笑うしかなかった。
ソードとの激闘、それに続くヒムカの科学者たちの奮闘、その様子を小鉢たちは間近で撮影し、世界に向けてライブ配信していた。世界第一級のドキュメンタリーである。
「すげぇなぁ、なぁ来斗君、これで時間が戻らずに4日目になれば、この映像は消えないんだよ?俺、世界一のジャーナリストになっちゃう。どうしよう?」
小鉢の言葉に来斗は微笑んだ。
「ほんとですね、そのときは僕、小鉢さんとこで雇ってもらおうかな?」
そこに、聞き慣れた声が聞こえた。
「おいおい、おばっちゃんとこに就職するくらいなら俺が弟子にしてやるからさ、俺んとこにおいでよ、ライトちゃん」
「お、ヤモちゃんじゃない!いつ来たの?」
「そんなの今日に決まってるだろ?それよりライトちゃんにおばっちゃん、見たよ?28日のヤツ。すげぇよなぁ、やっぱライトちゃん、おんもしれぇ子供だぜ!それとあの空手夫婦とライトちゃん助けたふたりな!!おんもしれぇの」
「ヤモちゃんの価値基準ってさ、結局のところ面白いかどうか、だけだもんなぁ。なぁ、来斗君」
そう振られても、来斗は苦笑するしかなかった。
「ところでおばっちゃん!最後の最後だぜ?ここに来てこの俺にMCさせないって法は、ないよな!」
「お、いいっすねそれ!じゃああと数時間、即興でやりますか!」
小鉢が勢いよく腰を上げた。
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5月30日、午後23時。
「きんきゅーとくばん!!みらいにぃ、カウントダウンーーっ!」
小鉢たちテレビクルーはヒムカのわずかなスペースに陣取り、動画配信のみの番組を立ち上げた。狭いスペースでの作業も黒主家のリビングと同じ要領だったから、小鉢たちにとっては手慣れたものだ。
ヤモリのMCの元、小鉢とさくら、しほりも席に付き、来斗との対談といった風の番組になった。もちろん28日の、ソードとの闘いの映像も使われる。
「まずはクロスライト、刺された傷は、どう?」
来斗は上村に刺された右胸をさすっている。
「ヤモリさん、僕、このあたりを刺されたんですけど、人の体ってこの辺が二番目か三番目くらいに硬いんですよ?もちろん痛いですけど、死にはしません。あ、ちなみに一番硬いのは頭蓋骨です。次は大腿骨かな」
-やっぱ大したもんだぜ、黒主来斗。
殺されかけた子供とは思えない来斗の落ち着きに、ヤモリは舌を巻いた。
「それではこの子、上村由羽ですね。首を切られたんだから、わたしゃもう駄目かと思いましたけどね、このときの心境っていうのは、どんなもんでしょ?」
ヤモリのMCは軽妙だが、確信を突いてくる。
「上村は最初、学校のグループで一番下でした。でもそれがソードでは一番上になってた。単純にすごいヤツだなって思いました。思い続ければ人は変わるんだなって。それが良い方でも悪い方でも。だから今悪いからってそれで命を絶つことはない。なので頸動脈を断ち切るのはやめました」
黒主来斗のひとつひとつの言葉を森屋和義が拾う。そして小鉢は、それを感慨深く見守る。
-思い続ければ人は変わる、か。思えば俺も、始めの頃とずいぶん変わっちまったなぁ。極悪非道のパワハラプロデューサーがクロスライト様のお陰で改心し、今じゃ敏腕!チームの結束も良好!っとな?・・おっとそろそろ時間か。
小鉢は最後の言葉を来斗に求めた。
「クロスライト、そろそろ時間です。世界の皆さんにぜひ、ひとこと」
来斗はうなずくと、カメラをまっすぐ見据えた。
「世界の皆さん、もうお分かりでしょう。僕たちが生きてきた繰り返す3日間、それは、かりそめの未来だったんです。でも、もし本当の未来があるなら、戻らない時間の中に生きるなら、死んではならない、殺してはならない。それが未来を生きる人間の本質であるべきです。なぜなら、人はひとりでは生きられないから」
来斗は「ふぅっ」と息を継いだ。
「もし今回、実験が失敗したとしてもまた次がある。いつかは本当の未来に行ける希望がある。その時を信じて、生きましょう。僕と一緒に」
カメラを見つめながら、来斗は言う。
「僕は日本人、名前は黒主来斗、ただの中学生です」
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つづく
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