第64話 ナイフトオヤユビ
ひろみと真也が倒れ、悲痛な叫びを上げる来斗。
だが、ふたりは生きていた。
安堵する来斗だったが、そこに大きな油断が生まれ・・
来斗の耳に、ふたりの声が届く。
「ひろみ、大丈夫?」
「うん、でも、右足が痛いの。折れてるのかなぁ・・」
「僕もだ。両足がイっちゃってる。もしかして両腕も?折れてるなぁ、あはは」
「もう、笑い事?私をかばって、死ぬつもりだったの?」
「そんな・・だって約束したでしょ?ひろみを守るって」
「あぁ、そうだね・・あと、来斗君もね」
顔を見合わせて笑顔を見せるふたりの姿に、来斗は心から安堵した。
「ふたりとも、生きてる・・・良かった」
来斗の表情を確認すると、榊は来斗の元を離れ、ふたりに歩み寄った。
「おいおい、真也、それじゃもう闘えねぇなぁ」
「す・・すみません」
「謝るなよ、元は油断した俺のせいだ。ありがとな、ひろみちゃんを助けてくれて。さすがひろみの彼氏さんだよ」
榊は倒れているふたりの横にしゃがみ、怪我の様子を見ている。突っ込んできたバイクはあらかた片付いているし、他のPCLの精鋭たちも、警官たちもいる。
もう大丈夫だと思った。
だからこその更なる油断か、燃え盛るバイクの黒煙に紛れ、そっと来斗に近づく男の存在に、誰も気付かなかった。
立ち上がった来斗の元に、さくらが駆け寄ってその肩を支えた。同時にカメラが来斗を捉える。
来斗はこの状況を再び世界に向けて伝えようと声を上げた。
「みんな、あのふたりを見たでしょ?もう分かったよね。争いは無意味なんだ。もう闘いは終っ・・!?」
突然、来斗の言葉が途切れた。目を見開いている来斗から、男がゆっくりと離れた。
さくらの眼が来斗の胸にあるものを捉える。それは、突き刺さったナイフだ。来斗のシャツにじわじわと血が広がる。
「きゃああああーーっ!来斗君!!」
さくらの悲鳴が響いた。カメラはその光景をも捉える。
来斗を刺した男はゆっくりと頭を振って、来斗とカメラにその目線を向ける。
その男は、上村由羽だった。
「ほらぁ、もう終わりだよ?クロスライト様。いや、黒主来斗くん。ほらほら!見てよ世界のみんな!クロスライト様の最期、さいごだよっ!!」
最後は絶叫する上村。その顔に冷たい笑みを貼り付け、蔑むように来斗を見る。だが来斗も憐れむような視線を上村に送った。
「ゆ・・ユウ」
「なんだよユウって、もう小学生じゃないんだぞ!」
来斗はその声を無視した。
上村の目を見据えながら一歩、二歩と近づく。そしてその肩を掴むと、唇を上村の耳に近づけた。
頬に感じる来斗の息づかい、そして冷たい、唇の感触。
次に聞こえた言葉に、上村は恐怖した。
「ユウ、おまえ・・へたくそ」
上村の額に脂汗がにじむ。全身に鳥肌が立った。
「ユウさ、人間の体のこと、なんにも知らないでしょ?今から教えてやろうか。あとな?僕は人を殺すの、得意なんだよ?忘れたのか?」
「絶対に、ユウより、上手いから」
上村の膝が震える。この後何をされるのか、その光景が頭をよぎる。
来斗はポケットから小さなヤスリを取り出した。先が鋭く尖り、ザリザリで刺されたら痛そうなヤスリ。上村はそれを見て恐れおののく。
「ひ、ひぃ、ら・・ライト、やめて」
上村の口から小さな悲鳴が上がる。両足の膝ががくがくと震える。
「何を言ってるの。ユウが先に刺したんじゃん。それにさ・・」
来斗は怯えた上村の目を見ながら、唇の端を吊り上げる。
「大丈夫、心配いらないよ。ユウにはこんな痛そうなの、使わないからさ」
-大丈夫じゃない、来斗のこのセリフ、前にも聞いたことがある。あのときの来斗は僕を・・・
・・・殴り殺したんだ。
来斗はヤスリをポケットに仕舞うと、上村の首に親指を強く押し当てた。
「これ、どうするんだと思う?」
「あ?ゆ、ゆび?あわ、あわわわ」
「ああ、もう、いっか」
来斗は親指を皮膚に食い込ませ、思い切り腕を振った。
なんの躊躇もなく。
よく研がれた親指の爪先が、上村の頸動脈を切り裂いた。
「あっへぇええ」
上村が声にならない悲鳴を上げ、白目を剥いて倒れる。上村の服は、あっという間にどす黒い血で染まった。
動かない上村の傍らに立つクロスライトの姿。その手は真っ赤に染まっている。
襲ってくるバイクは、もういなかった。
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つづく
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