第6話 ひろみと二度目の出会い
その夜、ひろみの前に現れたのは、女性を人として扱わない異常者。
苦しい時は続く。
限界と思ったとき、その瞬間が訪れる。
5月30日、午後11時。
今日、朝方まで働いたひろみは午前中に睡眠を取り、昼からは学校に行った。そして今夜も朝まで仕事をするため、店に出る。
それはひろみの夢のため、美容師の国際ライセンスを取得するためだ。
東京未来美容専門学校、ひろみが通う学校の学費は2年で300万にものぼる。だが晴れて国際ライセンスを取得できれば、国内のみならず世界でも活躍できるのだ。そして将来は有名コレクションやショー、演劇、映画界にも・・・
それが狩野ひろみの夢だった。
ひろみが働く店は、法律で午前0時から午前6時まで営業できない、そういう店だ。だがこの店は、午後11時から午前4時まで闇で営業している。それはもちろん違法で良くない客も来るのだが、なにしろ給料がいい。
”夢のため”
ひろみはその想いだけでそんな危ない仕事を続けている。
-ほんと、変な客ばっかり!今日は良いお客さんだといいなぁ。あ、こないだの若い子、可愛かったなぁ、あんな子ばっかり来てくれたら、いいのになぁ。
そんなことを考えているひろみに、今夜最初の客が付いた。
「じゃひろみちゃん、ご指名だ。でさ、ちょっと気を付けてな」
いつもは軽いマネージャーのひと言に、ひろみは少しの不安を感じながら部屋に入った。
午後11時50分、ひろみの少しの不安は今、大きな恐怖に変わっていた。
その客は、異常だった。
部屋に入るとすぐ、男はひろみを力ずくで組み伏せ、無理矢理の奉仕を強いた。ただそれだけで、男のソレは屹立している。
見た目は普通のサラリーマン風だ。オタク風でもない。変態にも見えない。だけど、目が冷たい。女を人間として見ていない、そんな目だ。
異常なまでのサディスト。
ひろみも経験上、この手の客に当たったことはある。こんな時、暴れたり騒いだりすれば火に油を注ぐ。要求に黙って応える。それしかないのだ。
それに本当にヤバくなれば、マネージャーを呼べばいい。そう思っていた。
男はひろみの奉仕を楽しんでいる。髪の毛を掴まれ、乱暴に動かされる。冷たい目で見下ろされながら。
苦しい、やめてほしい。
その後も、男は一方的な暴力でひろみを支配する。それがもう数十分、会話もない、ただ自分の中で暴れ回る男を受け入れるだけ。
-ああ、もういやだ。あと数分で時間が来る、それまで持つのかな。マネージャーを呼んだ方がいいのかな、こんな奴、ああ、時間、早く過ぎて。ああ、こないだのカワイイ男の子、あんな子ばっかりならいいのに、ああ、もう、泣きたい・・・
そう思った刹那、男がおもむろに、ひろみの首に手を回した。頸動脈が締まる。
-こ・・・殺されるっ!!
5月30日、23時59分59秒。
「えっ!?えぇえーーーっ!!」
ひろみの耳に飛び込んできたのは、あの恐ろしい客の声ではない、若い男の声だった。同時に感じる、自分の中にあるものの変化・・
「ああっ!ど・・どうして?なんで君が今、私の上にいるの?」
「い、いやいや、逆にどうしてあなたは、僕と・・えっと・・エッチを?」
「はぁ?あれ?あいつは、あの乱暴な客は、どこに行ったの?」
「いや、そんなこと僕に聞かれても・・・あっれぇ~?」
ふたりは思わず後ずさり、体を離した。
「・・・っぷぷ!!」
ひろみは思わず笑ってしまう。男はハッとして股間を隠した。
「も、もう!!なんなんですか!こんな状況なんだから、縮んじゃうのは当然でしょっ?」
「ごめんごめん、大丈夫よ、なぜか私、あなたのサイズよく覚えてるからさ」
精一杯の男の抗議にひろみは笑みを浮かべながら応える。その言葉に、男の顔がみるみる赤くなった。
-ふふっ、この子やっぱり、カワイっ!!
聞くと、男は先ほどまで家で寝ていたらしい。らしい、と言うのは、男は横になってネットの動画を見ていて、いつの間にか寝てしまったようなのだ。ところが気付いたらこの部屋にいて、私の中だった。
「ね、今、5月28日の朝3時半だよ?私はね、5月30日の夜中、12時頃まで覚えてるの。すっごい嫌な客が来てね、私、首を絞められて殺されるかと思って、その時思い出したのが君だったの。ねっ!すごくない?あれが全部夢だとしても、予知夢ってことになっちゃうよ?」
ひろみは興奮した様子だ。この状況を楽しんでもいる。
「でも、僕もあなたのこと知ってますよ?そう、5月28日の朝、忘れることなんかできないですよ」
「それって、童貞卒業の日だから?」
意地の悪い質問に、男はまた赤くなった。
「そ・・それより、今見たら僕の財布とか、お金はあのときのまま入ってます。店に入ってお金を払って、その残りそのまま。ということは・・・あれ?やっぱり夢だったの?今は間違いなく現実、ですよねぇ」
「うん、そうだね。今が現実・・じゃあ、どうする?」
「ど・・どうするって?」
「どうするって・・・もっかい、する?」
「あわわわ・・いや、ぼくはもう、ちょっとビックリしすぎたって言うか・・」
「っぷぷっ!あはははっ!!」
男の答えを聞いて、ひろみは笑いを堪えられなかった。
「やっぱり君は良い子だねぇ・・よし!お姉さんは決めた!!もうすぐ4時でしょ?私はこれで上がりなの。ね!お姉さんの部屋に、行こ?」
「えっ!ええっ??」
「ふふ、いいのよ、だってお金はもう貰ってるんだもん。サービスはまだ終ってないのよ?」
意味ありげに微笑むひろみの顔を見ることができず、男は真っ赤になって俯いてしまった。
-やっぱり、かわいいわっ!!
「ねっ!私ね、狩野ひろみっていうの。君は?」
「えっと、僕は、中竹・・・中竹真也です」
真也は店を出ると、そこでひろみを待った。
ふたりの2度目の出会いは、ふたりの始まりでもあった。
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つづく
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