第55話 ふたりのきもち
楽しい夜は更け、ホテルのラウンジで語り合う藤間と浜比嘉。
大人のふたりの間には、気心の知れた仲間という以上の気持ちも芽生えていた。
そしてついに、世界の運命を変える会見が始まる。
5月29日、午後10時過ぎ。
宴もお開きとなり、3人は春子が運転する車でホテルに入った。
国道58号沿いに建ち並ぶリゾートホテルのひとつ、ロビーに隣接するラウンジに、藤間と浜比嘉の姿があった。
「浜比嘉さん、お姉さんは待たせていいの?」
「あ?ああ、はーるーは、ゴホッ・・姉は大丈夫。その辺でお茶でも飲んで、土産物屋を見て回ってるよ。それより、さっきは姉が変なこと言って、わりいな」
「え?お姉さんが言ったこと?私に、青雲の嫁になってよって、あれ?」
「うん、まぁ、そうだな。お互いこんな歳なんだし、あんな冗談、気にすることもないんだけどさ」
「ホントだねぇ、同期の君とは長年の付き合いだ。でもねぇ、いくらなんでもこんな色気のないオバサンに、嫁に来て、なんてねぇ」
「がはは、藤間に色気か。だが、姉だってお前のことよく知ってるんだから、まぁ、あながち冗談でもないかもな」
綾子は手に持ったバーボンの氷をカラカラと鳴らした。
「あはは、アラフィフの物理学者夫婦?面白いかもね」
ゴクリと喉を鳴らして、グラスを空にする。
「11本」
「え?」
「11本、何だと思う?」
「?・・・分かんないわよ。なに?」
「初めて会ったときは2本だった。で、今は11本。お前の顔の皺の数だよ」
「っ!!・・青雲・・あなたモテないわよね」
浜比嘉は無骨な口元に笑みを浮かべると、スコッチのグラスを空にした。
「さて、そろそろ行くか」
「うん」
ラウンジを出て姉を探す浜比嘉に、綾子が声を掛けた。
「じゃ、明日は竹山さんとふたりで那覇空港に戻るわ。夜も会見だけど、青雲は出ないよね」
ロビーの端に姉の姿を見つけた浜比嘉は、綾子を振り返って応える。
「ああ、俺は欠席だから、ネットで拝見させてもらうよ」
少しの間を置いて、もうひと言添えた。
「ところで綾子さ、お前、ちゃんとあるぞ」
「なにが?」
「そりゃあ、色気さ」
手を振り遠ざかる浜比嘉の背中を、綾子は微笑みながら見送った。
「わぁ、すごい」
東シナ海を望むスィートルームが綾子の部屋だった。
バルコニーに出るドアの取っ手に指を掛けると、全面ガラスに自分の姿が映っている。
綾子は取っ手を離し、自分の顔をまじまじと見つめた。
「11本って。青雲ったら、ず~っと私の顔を見てたのね・・」
「出会った頃から、ずっと」
バルコニーに出て、眼下に煌めく夜景と遠くに行き交う船の灯火を見ながら、綾子は少しご機嫌だった。
翌日、綾子たちの発表が世界を駆け巡る。
4日目への実験は次の3日間で行う。そしてその詳細を次の5月28日午前5時に発表する、というものだ。
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次の5月28日、午前4時、ハイアーク&ホテルズ・トーキョー。
警視庁が用意したホテルの会場にはすでにマスコミ各社が詰めかけ、それぞれがライブ放送を始めていた。
竹山は京都からオンラインで参加し、会場では綾子とヒムカを主管する文部科学省の官僚たちが対応することになっていた。
そして5時、予定どおり会見が始まった。
3日間のループを破る理論と実験の概要については、先に行われた会見の内容と大差なかった。そして今、その実験がこの3日間の中で行われることが正式に表明されていた。
「・・ということであります。ですからこの発表の後、日本政府と世界各国の政府も同様に、各国民の皆様にお願いをいたします。つまり、実験成功の暁には、4日目に国民の皆様が無事に行けますよう、この3日間の活動は慎重にお願いしたい、ということなのであります」
司会も務める文科省の官僚がいかにも官僚らしい堅い言葉で締めた。
即座にマスコミ各社の質問が飛ぶ。
「藤間教授!今の発表では理論的な説明の繰り返しでしたが、具体的にどこで実験を行うのでしょう?また、成功の確率はいかがでしょうか!」
藤間はできる限り丁寧な言葉で応える。
「どこで、どのように、誰が行うのかも含め、私からは発言を控えさせていただきます。できましたら、この後文部科学省の担当者にご質問いただければと思います。また、成功確率ですが、何パーセントなのか、ということははっきり申し上げることができません」
「テレビニッポンです!先日弊社の番組の中で“成功の確率はほぼ100%では”というような科学者の発言もありましたが、いかがですか!」
モニター上で竹山が応える。
「あれは、非常に低確率の現象が重なって起きたことを前提にしています。もちろん我々もそのように考えておりますし、この実験で生ずるわずかなエネルギー現象がそのどちらかに影響することを期待しています。ただ、100%とはとても言えません。それが現状です」
アメリカ人記者が手を上げた。
「浜比嘉教授は、最重要人物の浜比嘉教授は今どこに?」
これには文科省の官僚が応える。
「それについてはお答えできません。この後も同様の質問はお控えください」
その後、壇上の藤間とモニター上の竹山に対し、マスコミ各社が競って質問を投げ掛けるが、その内容はどれも似たようなものであった。
会見を主管する文科省の官僚が締めに掛かる。
「各社の記者の皆さん、この実験が非常に重大な結果をもたらすことはご理解いただけたと思います。故にこれは、国家の安全保障上の問題と捉えていただきたいのです。ですから、この実験をどこで行うのかなど、これ以上のご質問にはお答えできかねます。ひとえに、この3日間を慎重に、取り返しがつかないことにならないようにお過ごしいただきたい。実験が成功すれば時間はもう戻らないのです。死んだら死んだまま生き返らない、それだけです。それでは、会見を終了させていただきます」
半ば強引な幕引きに記者たちが上げる抗議の声の中、会見は終わった。
「ふぅ、質問に答えるのも楽じゃないわ」
藤間は会見場を出て廊下を走っていた。羽田で宮崎行きのチャーター機が待っているからだ。
-竹山さんも伊丹空港に向かってる。青雲はもう空港かしら。
-とにかく急ごう、ヒムカへ。
藤間が、浜比嘉が、竹山が宮崎に集結する。
そこが、決戦の地だ。
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つづく
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