第5話 与えられる死の記憶
自分をいじめ殺した4人は生徒指導室にいた。
カバンに包丁を忍ばせ、来斗はドアを開け・・
机を囲んで雑然と置かれた椅子に、3人が座っている。武藤だけは窓際に立っていた。
何事もない朝、何事もなかったように4人を見つめる。
あぁ、僕を見る4人の呆けた顔、幽霊に会った人ってこういう顔をするんだ。
面白いなぁ。
あ、武藤だけはもう僕を睨みつけてる。さすが、あとの3人とは違うや。
「ああ、武藤さ、さっき教室でさ、生徒指導室にみんないるって聞いたんで、来てみたよ。お前らさ、なんかやったの?」
僕は仮面のような笑顔を張り付けて武藤に近づいた。
「く、来んな!来斗、来んなおまえ、なんで来た!!」
さすがの武藤も動揺しているのか。その眼には怒りと同時に恐怖もみえる。
「来んなってさぁ、今日の放課後、どうせ体育館裏に呼ぶんだろ?それに僕、お前らに金貸してるよね」
そう言いながら武藤との距離を詰める。
「ざけんな!金なんか返すわけないだろ!とにかく近づくな!!」
「へぇ、じゃ、これはいらないのかな?」
僕は学生カバンに手を突っ込んだ。武藤は本能的に危険を感じ取ったらしい、手近にあった椅子の背を掴んで、足を僕に向けた。さすが喧嘩慣れしている。それにこいつの親父は見たことがある。とてもまともとは思えない、近づきたくない種類の人間だ。つまり血筋ってやつか。
僕は学生カバンの中で包丁の柄を握りしめながら更に距離を詰める。
「うぁあああっ!」
我慢しきれなかったのか、武藤は椅子を振り上げ、僕の顔めがけて投げつけてきた。
僕はその椅子をまともに受けた。椅子の背が頭に当たって出血したようだ。顔にも首にも肩にも、血が流れ落ちている。
でも、それだけだ。
「ひどいじゃん、そんな力一杯椅子なんか投げつけたら、下手すれば死んじゃうよ?」
そう言いながら僕は、学生カバンから柳葉包丁を抜き出した。
「ひっ」
武藤が怯えた声を上げる。
それはそうだろうね、椅子を投げつければ普通は誰でも怯むもんだよね。それが怯まず包丁出すんだもんね。
もう僕は、武藤の肩に手を掛けていた。
「まぁいいよ、死ななかったしさ」
そう言いながら僕は武藤の背後に回り込み、柳葉包丁を持った腕を武藤の首に回した。
柳葉は長い。その長い包丁を持った腕を首に回すと、その切っ先は僕の左頬を切り裂いた。
「いたいなぁ」
僕は感情を込めずに言った。左頬から流れる血が包丁を伝い、僕の肘まで濡らす。武藤は顔を歪め、ポタポタと床に落ちる血を見つめた。
「ひ・・・ひぃ・・や・・やめ・・」
武藤の口から懇願の声が漏れる。でもそんなこと構わず、僕は腕を引いた。
何の躊躇もない。何の言葉もない。ただ引いた腕の先に握られた柳葉包丁は、武藤の首をぐるりと切り裂いていた。
ざぁ、と武藤の首から血が流れる。
きっと、切られたことにも気が付いてないんだよ?腕を引いたとき切っちゃった僕の頬を見てよ。これだと痛いんだ。切られたって、脳が認識するからね。
僕の頬から血がドクドクと流れ落ちる。でも武藤の首から流れる血は、それこそ“ざぁざぁ”と音がするようだ。
武藤はがっくりとうなだれて膝をついた。学生服の胸は黒々と濡れ、それは腹に、股間に、膝まで広がり、床を赤黒く染める。
”どん”
武藤の額が、生徒指導室の床で音を立てて跳ねた。
これで武藤は終わり。あと3人だ。
僕は思うんだよ。いじめっていうのは一人ではやらない。必ず複数だ。そしてその首謀者はひとり。そのひとりさえ潰してしまえば、あとの取り巻きなんておまけみたいなもんだ。
やっぱり、そのとおりだった。
武藤が死んでいく今この瞬間、重田も岡島もただ突っ立っている。いや、わずかに重田が動きそうだ。上村はどこかに逃げたかと思ったけど、机の下に潜り込んでガタガタ震えている。
次は重田だな。
ところで、柳葉包丁はもうやめよう。刺すにしても傷が小さい。大きく切るにはコツがいる。ここはやはり、出刃か。
僕は学生カバンに手を突っ込んで、大きな出刃包丁の柄を掴んでいた。
「重田さ、僕に何したか、覚えてる?」
頭と頬から血を流し、大量の返り血を浴びた僕は、普通の友達のような口調で重田に迫った。
「あっ、あぁ・・・あっぐっ・・」
重田の口から出るのは怯えた嗚咽だけか。ちょっと喧嘩が強いんだけど、やっぱこいつ、ダメだ。
「あ、もういいや」
僕は重田の正面に歩み寄って、おもむろに包丁を突き刺した。
人間の内臓は筋肉や骨に守られてる。即死させるなら心臓だけど、肋骨が守ってるから相当上手く刃を入れないと、心臓には届かない。
だからね、肝臓を狙うんだよ。肝臓は肋骨の下端の更に下だ。柔らかいし、突き刺せば大出血で致命傷さ。
でもちょっと困るのは、即死しないってことかな。
「がぁああっ!!」
出刃包丁を抜くと、やはり重田の腹は大出血している。腹を抱えて前のめりに倒れ込む重田に、僕は言ってあげた。
「大丈夫、すぐに気が遠くなって、痛くなくなるよ?」
僕の言葉を聞いて正気に戻ったのか、岡島が身を翻して逃げようとしている。
逃がすもんか。
すぐに岡島の肩を掴み、背中に出刃包丁を突き刺した。
「あ?あぁあ・・・ぐぁっあああ!!」
岡島は悲鳴を上げたが、困った状況だ。背中の筋肉は強くて堅い。刃が通りにくいんだ。一発では致命傷にならない。
「ら、らいと、ゆるして、悪かった悪かったわる・・ああ・・わわゎゎああ」
今更謝ったって駄目さ。僕はなるべく少ない回数ですむように、内臓の位置を把握しながら刺し直した。それでもやはり、背中からでは難しい。致命傷の確信を得るまで、3回も刺さなきゃならなかった。
僕は自分の血と返り血でずぶぬれになった顔を拭い、上村に向き直った。上村はやはり、机の下で震えている。
「大丈夫、上村、心配すんなよ。お前に包丁は使わないから」
僕が言うと、上村は少し期待を込めた目線を僕に送った。
「おまえはね、殴り殺す」
上村の顔が恐怖に歪んだ。
「ごめんな上村、こないだの、正確には今日の放課後のことか、初めのうちがさ、とっても痛かったからさ」
僕は包丁を床に落とすと、机の下に潜り込んだ上村の肩を掴んで、引きずり出した。
「さぁ、何で殴ろうかな」
上村の悲鳴が聞こえていたのは、ほんの最初のうちだけだった。
・
・
終わった。
先生や警察が来る前に、僕を殺した4人をみんな殺した。
これであのとき、僕が感じた死の瞬間をあいつらも感じただろう。
「もうこれで十分、さ、仕上げだ」
僕はカバンに残った小さい出刃包丁を手に取ると、自分の肋骨の間を正確に狙って、刃を滑り込ませた。
「心臓って、左だったよな」
そんな馬鹿げたことを呟きながら、僕の意識は消えていった。
・
・
・
つづく
お読みいただいて、ありがとうございます。
毎日1話の更新を予定しています。
よろしくお願いいたします。




