第47話 浜比嘉星雲の姪
ボウの会見より数回遡ったとある5月28日。
浜比嘉青雲は姉の春子からの連絡に驚愕する。
それは、変えられないと思った運命を変える、大きな出来事を告げていた。
とある5月28日。
世界を震わせたボウの会見の日より数回の3日間を遡ったその日、浜比嘉青雲はいつもの時間に目を覚ました。
朝、3時20分過ぎだ。
顔も洗わずPCを起動し、複雑な計算式やそこから求められた数値、パラメータをデータベースに入力していく。そこにはメモも何もない。
果てしない3日間のループ。この現象の謎を解き明かそうとする研究ユニットを集めた世界的コミュニティ ”世界の頭脳=ボウ” 。
今、青雲がデータベースに入力しているのは、青雲の頭の中に写真のように保存した前回の計算、分析結果だ。
世界中から続々とデータが入力され、空っぽだったデータベースはあっという間に復旧していく。それでも次の計算が可能になるのに、あと数時間は掛かるだろう。
「俺のような特殊な人間も、世界にはごまんといるわけさ」
青雲は誰に言うでもなくつぶやいた。
「でもまぁ、瞬間記憶の能力者と同時に理論物理学界のエースっていえば、俺くらいだけどよ」
青雲はいつものように自分を鼓舞した。もちろん自分が理論物理学界のエースとか、権威などとは思っていない。しかし、何百回と繰り返すこの作業の中で、自分のモチベーションを保つのは並大抵ではなかった。
「どれどれ、竹山さんや藤間はもうPCの前かな?それともタブレット持って朝飯かな?」
青雲が全てのデータを入力し終えたのは、朝7時過ぎだった。
「よし、オンライン会議の通知を出すか」
”ぶぶぶぶぶ ぶぶぶぶぶ・・”
青雲がメンバーに通知を出そうとしたその時、テーブルの上に置いたスマホが激しく震えた。
「うゎっと!なんだなんだ?」
青雲は慌ててスマホを掴み、通知を確認する。
「なんだ、はーるーからか。こんな朝早くに、なんだ?」
通知は青雲の姉、春子からのLINGだった。
「なんて?活きてる!いきってる!!って・・なんだよこれ」
よく分からないメッセージにすぐ電話を掛けると、春子はワンコールで出た。
「せいうん!見たね?生きてるよ!大変!生きてるのよ!」
「な、なんねぇ、はーるーよ、いきなり生きてるって?なんね?」
「まりこ!まりこが生きてるの!!」
「ま・・・ま?」
青雲は春子の言葉が聞き取れず、返事は間が抜けていた。
「ま・り・こ!!」
春子はその名前をひと文字づつ区切って青雲に伝える。
「まりこって、麻理子ちゃんか?」
「そう!昌子ネェネェから電話があって、麻理子がね、麻理子が生きてるって!」
「はっ?だって麻理子ちゃんはビルから・・」
「だから助かったんだって!麻理子の同僚の人たちが助けてくれたんだって!!」
「はっさ!どうやってな?麻理子ちゃんは時間が戻った瞬間に飛んでたろ?どうすればそんなことになる?」
「わたしも分からない、詳しく聞いてないのよ、まだ。でもね、でも、生きてるんだって!」
-誰しもが不可能だと思った運命の改変。それが可能になるとしたら、ほんの少しの可能性を積み重ねていった結果だろう。そうすれば不可能も可能になるのか。
青雲は科学者らしい想像を頭に巡らせた。
「それはすごいことだ。この何百回のループで麻理子ちゃんは必ず死んでいた。でもそれは、変えることができる可能性を含んだものだったんだな」
「もう、なに学者みたいな事を言ってるの?」
「いやオレ学者」
「そんなことよりね!」
話を聞かない春子に少々呆れながら、青雲は話を聞くことにした。
「そんなことより?」
「麻理子ね、結婚するんだって!!」
「は?け、けっこんて?」
「そうよ、けっこん!!」
「なんかそれは!いきなり助かった麻理子ちゃんが、いきなり結婚ね?誰とね?」
「うん、なんかね、助けてくれた同僚なんだって、その人が沖縄出身で、すぐに話が決まって、今日結婚式ってよ?」
「うりひゃー!なんかそれは!今日って?したらオレ、今日は休まんといけんさ!」
「そんなこと当たり前でしょ?かわいい姪っ子の結婚式よ?」
「はっさ、そうだね!すぐにユニットに通知入れる!!今回は計算せんよって!」
「お願いね、今日の午後には到着するって、で、夜には結婚式、玉城でやりたいって!それでさ、長政さんがさ、あなたに段取りお願いしたいってよ?」
「あいた!長政ニィニィがな?じゃあすぐに式場手配せんと!それにここは恩納村だからな、すぐに準備せんと、俺らが間に合わんさ!」
「私も!すぐに着物準備しなくっちゃ!青雲もちゃんとした格好してよ?礼服着てよ?ひげ剃ってよ?ああ・・麻理子の結婚式、夢にまで見た結婚式っ!!」
春子はもう天にも昇る心地のようだ。
久高麻理子の母親、久高昌子は春子と青雲の長姉だった。つまり、久高麻理子はふたりの姪にあたる。そして、結婚していない青雲と春子にとって、麻理子は実の娘のようにかわいい存在だった。
その麻理子は、この3日間が始まる瞬間その命を落とす。どうにもならないと思った。そしてもう何百回、それは決まったことだと諦めていた。
それが覆る。
青雲は早速研究ユニットのオンライン会議に入った。すでに会議に入っていたのは、東大の藤間綾子教授だけだった。青雲は挨拶もそこそこに今回の欠席を告げる。
「あの!藤間も知ってる俺の姪がさ、姪っ子が助かってその、け、結婚するって!もう研究の結果もほとんどできてるだろ?だからさ、だから・・今回の計算は不参加で!!頼むっ!」
藤間教授は驚きながらも快く了承し「おめでとう、良かったね、浜比嘉さん」と言葉を添えた。
その後、リーダーの竹山教授を始め、メンバーから祝福の通知が入った。もっとも、全員のメッセージの最後には、同じような言葉が並んでいたが。
「もうそろそろ終わりだからって油断しないで!覚えてもらわないと困ります」
「計算結果忘れるくらい呑んじゃ駄目ですよ?大詰めなんだから!」
「3日後に計算結果を覚えてくださいね、ちゃんとですよ!あと、顔を洗って、ひげは剃った方がいいと思います。散髪もして、礼服も着た方がいいですよ?」
-はいはい、分かりましたよ~
姪っ子の結婚を邪魔されたくはなかったが、膨大な計算結果を頭に詰め込むまでが自分の仕事だと、青雲はよく分かっていた。
パタリとPCを閉じたその顔は、誇らしげだ。
-しかし最後のメッセージは綾子か。まったく余計な世話を焼きやがる。
青雲の頬は、自然とほころんでいた。
・
・
・
つづく
お読みいただいて、ありがとうございます。
毎日1話の更新を予定しています。
よろしくお願いいたします。




