第46話 警察庁情報整理課
ボウの会見後、ある場所で秘密の会議が開催された。
首都東京を守る警視庁と日本警察の中枢、警察庁。
その中でも特に秘密のベールに包まれた者たちの会議。
そこで語られるのは・・
5月29日未明、東京都某所会議室。
科学者たちのコミュニティ、ボウが”繰り返す3日間”の答えを示した後。
コツッコツッと二人分の足音がして、ドアが開いた。
「あ、本間課長、こんな時間においでいただいて、ありがとうございます。さ、どうぞお席へ」
警視庁公安部の遠山部長が席を立って迎えた。会議室には遠山の他、すでに数名が席に着いている。
本間正臣は警察庁キャリア、公には情報整理課という冴えない部署の課長だが、内実は国際テロリストの情報収集と分析を専門とする特殊チームのトップだ。
「いや遠山部長、大丈夫ですよ。この3日間が始まって以来、我々警察は暇になりましたからね、こんな風に呼び出されるのも久しぶりです。あ、いや、5月27日にも呼び出されてたな、なぁ?」
「はい課長、5月27日にも呼び出されていました。日付的には一昨日ですけど、もうずいぶん前に思えますね」
本間と一緒に部屋に入った相沢が応えた。
「ところで遠山部長、今日はあの件ですね?」
本間の口調が変わった。遠山の顔が引き締まる。
「ええ、昨日のボウなる科学者集団の会見で4日目の可能性が示された件、更にそのメンバーである浜比嘉青雲教授に対する襲撃予告の件です。では、時系列にまとめてありますので、ご覧ください。君、頼む」
会議室の大型モニターに映像が映し出される。
「本間課長もご存じのとおり、ボウは5サイクル前、つまり約15日前に政府に対してその研究成果を開示し、日本とアメリカ、EUが共同運用している超高エネルギーハドロン粒子加速器の使用許可を申請してきました。この加速器の存在は現在も伏せられている機密度高、極秘の案件です」
「あぁ、それは存じています。すでに官邸筋からもブリーフィングを受けていますのでね」
「はい、課長がご存じなのはもちろん承知しておりますが、この案件に浜比嘉青雲教授が携わっていたことは?」
「あの男が?」
本間は思わず身を乗り出した。
「ええ、浜比嘉教授はボウに参加して重要な役割を担う一方、この現象が始まる前は極秘の国際プロジェクトであるこの加速器の設計と試験に携わっていました。それと、同じくボウの竹山、藤間両教授も政府の要請を受けてこのプロジェクトに携わっています」
「うむ、なるほど繋がりましたよ。昨日の会見、浜比嘉教授はパラメータを装置に、とか口走って止められていました。それですね?」
遠山は部下にスライドを進めさせた。そこには世界中から集められた百数十名の科学者や技術者、そして日本人数名、外国人数名の写真、経歴が次々に表示されている。遠山が話を続ける。
「ええ、このプロジェクトには物理、数学、天文だけではなく、コンピュータや電気、電子など多分野にわたる科学者や技術者が参加しています。そして日本の理論物理学者でこのプロジェクトに招聘されているのはボウの3名のみです。他はアメリカ、EUのやはり理論物理学の権威数名が参加しているわけですが、昨年、すでに加速器自体は完成し、試験運用を重ねている段階でした。そこに・・」
「この3日間のサイクル、ですか」
「そうです。そして4日目に進む実験のためこの装置を使う。その最重要人物が」
「浜比嘉青雲」
「その通りです」
遠山の指示でスライドが進む。そこにはボウから提供されたデータ、そしてこの加速器を用いた実験の詳細が記されている。それは、4日目に進むための実験だ。
大まかな技術的解説は警察の技官が担当していたが、技術的知見のある技官をもってすら、その説明は難解だった。
「これは、私にはとても理解できないが、実験にはデータとパラメータの設定が必要だということか」
「お分かりいただけましたか。超高エネルギーハドロン粒子加速器の運用には非常に高度で精密なコンピュータ制御と共に、膨大なデータとパラメータの設定が必要なようです。とても普通の人間には覚えられない。天才物理学者と言えど、です。ですが普通ならデータもパラメータも、このスライドのように記録しておけばいい」
「しかしそれは、出来ない相談ですね」
「ええ、機械的記録は3日間しか維持できない。しかもこの装置は日本にある。そして日本に瞬間記憶の理論物理学者は、浜比嘉教授ただひとりです」
「そうか、それでPCLの過激派、ソードは浜比嘉教授を狙うのか。実験を行う上での最重要人物だから」
「そうです。そしてソードについては、警視庁公安部も全容を把握しきれておりません。先のテレビ番組で暴れた鈴木、あれは確かにソードと言ってもいいのでしょうが、全くの小物でした。これが現在判明しているメンバーですが、はっきり申し上げて、これ以外のメンバーがどこにどれくらい潜伏しているのか、見当が付きません」
遠山はスライドに映る数名の写真をポインターで指しながら、本間に顔を向けた。
「そこで、本間課長のチームのお力をお借りしたいと・・」
本間は両手で膝を“パンッ”と叩くと立ち上がった。
「もちろんですとも、それは我々の本業です。相沢君、すぐ全国に指示。各個機動班を組んで出動命令を出すように。あと、沖縄と四国は単独、九州と中国、近畿のチームは混成で、地方指揮は近畿にまかせる。情報伝達体制は長官をトップに必要に応じて官邸まで、いいな」
「はっ!」
「では遠山部長、今日の朝からソードの情報が入って来ると思いますから、首都警備の方はよろしくお願いしますよ?」
“即断即決か、さすが情報のトップ、速い”
遠山は本間のスピードに舌を巻いていた。しかし東京の警備で警視庁が遅れを取るわけにはいかない。
「お任せください。いただいた情報は有効に使わせていただきます。それと・・」
「それと?」
「ご存じのとおり東京にはPCLの教祖的存在、黒主来斗がおりますが、今回の件と彼は無関係だと報告を受けています。もし彼がソードと敵対するようなら彼の警護も必要です。同時に、やはりPCLのトップである彼は、監視対象であることに変わりはありません」
「なるほど」
「そこで彼、黒主来斗と1サイクル目から縁があり、彼を最もよく知る刑事ふたりを付けたいと思うのです。安藤刑事、それと武藤刑事です」
それまで発言していなかった2名が立ち上がる。
「安藤です」
「武藤です」
遠山が続ける。
「この2名には課長のチームから直接情報をいただきたいのです。2名は黒主来斗と一緒に行動しますから、情報を最も役立ててくれるでしょう」
「ほぉ、黒主来斗と行動を共に、おふたりが?・・・ほぉ」
ふたりを見る本間の目が光った。
「承知した。では安藤さん、武藤さん、この相沢補佐に今回の任務についてのブリーフィングを受けてください。相沢君、後で私も行く。まずアウトラインだ。頼むぞ」
「はっ!ではおふたりとも、私と一緒に来てください」
ふたりが近づくと、相沢は歩きながら小声で告げた。
「課長も後で来るそうです。きっと特殊任務ですよ?うらやましい」
安藤と武藤は叩き上げの警察官だった。そのふたりが警察中枢の情報に触れ、世界を揺るがす事案に巻き込まれる。
全ては、黒主来斗から始まっていた。
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つづく
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