第43話 最後の希望
ついに解明された繰り返す3日間の謎。
ボウの日本ユニットによる会見は、全世界の注目を集める。
そこで明かされたのは解明された3日間の謎と、そして最後の希望だった。
世界に向けたボウの会見は、5月28日の午後1時に始まった。
会見は内容に対する理解が追いつかない記者たちの質問が相次ぎ、4時間を過ぎてようやく終盤を迎えていた。
今もアメリカの記者が食い付いている。
「プロフェッサータケヤマ、もう一度説明して欲しいんです。私にも、いや世界の人たちが分かるように、どうしてこの3日間は繰り返すのか」
もう説明するのも3度目だが、この会見は重要だ。この箱庭の迷路が生まれた理由、そしてこの箱庭を破壊する方法、それを世界中の人たちに理解して欲しい。
竹山教授が私に目配せしている。途中で代わってくれと言っているようだ。
私は軽く頷いた。
「では、もう一度説明します。ごくごく簡単に申し上げると、この現象は、我々だけではなく、全宇宙が5月30日23時59分59秒から約3日間の過去へ、タイムトラベルをしているのです。まるで箱庭の迷路を彷徨っているかのように」
「そこです。タイムスリップとかタイムリープとか言い方はいろいろあると思うのですが?」
「あえてタイムトラベル、時間旅行という言葉を使っているのは、私たち全員の意識や記憶が時間的に連続しているからです・・・」
それから現象の概要を簡単に述べた竹山教授は、私に目配せをしてきた。交代の合図だ。私と竹山教授は目を合わせ、お互い軽くうなずいた。
「東京大学の藤間です。竹山教授に代わりましてご説明します。この理論は難解で、我々もその構築には多くの時間を使いました。ですから出来る限り簡単に、直感的に分かっていただけるような説明にします」
アメリカ人記者はうなずきながら聞いている。
「まず、宇宙がひとつではない、ということを理解してください。お互いに認知できないけれども、我々の宇宙以外に、違う物理法則に支配された宇宙が他にもある、ということです・・・」
-さぁ、こっからよ。
ブレーン宇宙、それは、四次元と認識されるこの宇宙が、実は薄い膜の上に存在し、更にその膜は多次元に渡って複数ある、という宇宙モデルだ。
私はスクリーンに図を書いてブレーン宇宙を説明し、複数のブレーンが干渉した可能性を導き出す。そこで発生するエネルギーは、これまでの理論物理学では導けないエネルギーだった。
「エネルギーの事は分かりました。では、なぜ我々の宇宙は他の宇宙と干渉してしまったのでしょうか?」
「それは計算の結果、5月28日の午前3時22分42秒から5月30日の午後11時59分59秒まで、この宇宙で ”何も起こらなかったから” となりました」
何も起こらなかったから・・私の言葉に、アメリカ人記者は首を捻った。
「何も起こらない、それがどうしてこの現象を引き起こすのでしょう?」
アメリカ人記者の疑問はもっともだ。だが、この広大な宇宙で約3日間何も起こらないなど統計学上あり得ないのだ。
“見える宇宙”、つまり我々人類が観測できる限界である138億光年の、その遙か彼方まで広がっている我々の宇宙でブラックホールの衝突やガンマ線バースターのような現象が3日間全く起こらない確率は、限りなくゼロに近い。だが、それは起こった。
解放されない超巨大エネルギ-は、この宇宙に溜まっていく。
静寂の宇宙は、破裂を待つ風船となった。
「・・そのエネルギーが臨界を超えてしまい、他のブレーン宇宙との干渉の切っ掛けになった。可能性としては非常に低い現象ですが、量子論のトンネル効果で説明できます。そして臨界を超えたエネルギーを持った我々の宇宙は暴走し、もうひとつの宇宙と干渉する。これも確率は限りなくゼロに近い。それでもトンネル効果はその可能性を排除しません」
「そのトンネル効果では、可能性ゼロということがない?」
「はい、例えばあなたは今、椅子に座っていますね。そのあなたが突然椅子をすり抜け、地面をすり抜け、地球の中心に落ちていく。そんなことが起こるとしたら?」
「いやそんなこと、起こるわけがない」
「そうですね、しかし量子論のトンネル効果によるとその可能性はゼロではないのです。同じような超低確率な現象がこの宇宙で起こった。その結果生まれたのが」
「宇宙を呑み込む、ワームホール」
「そのとおりです・・」
この宇宙が生まれた切っ掛けとして知られるトンネル効果でしか説明できない現象、それが起きたのが5月30日、午後11時59分59秒。
そのエネルギーによって、我々の物理法則では極微の存在でしかなかったワームホールが宇宙を呑み込むほどのマクロサイズとなり、その出口が5月28日の午前3時22分42秒に繋がった。
それが藤間の説明だった。そして、我々人類が何らかのエネルギー現象を起こせば、全宇宙で何も起こらない状態ではなくなる。
これこそがこの現象、箱庭の迷路を破る方法、最後の希望だ。
そこまで聞いたアメリカ人記者は、タブレットを操作しながら眉をひそめる。
「しかし教授、人類ごときが作れるエネルギー現象が全宇宙に影響を与えるとは、とても思えません」
「おっしゃることはよく理解できます。しかし考えてみてください。太平洋にたったコップ1杯の真水を入れたとしても、間違いなく太平洋は薄まるのですよ?これは疑いようのないことです」
「では、世界のどこでそれが実行されるのか、それはいかがです?」
「いや、これについては申し上げられない」
「それはなぜでしょうか」
「それは安全保障上の理由で、我々科学者がお答えする範疇にありません。各国政府の然るべき部署にお問い合わせ願いたい」
アメリカ人記者はさすがに折れたが、質問はまだ続いた。
「では次に、記憶と意識が継続する理論について、私の理解では、私自身が今考えている意識というのは、脳内と別の次元が繋がっていて、その次元に保存されるから、ということでよろしいですか?」
「はい、そのとおりです。とても分かりやすく言っていただきました」
「でもそれはとても受け入れられない。それでは原理的にテレパシーも可能になってしまいます」
「テレパシーが可能かどうかは別問題です。しかし、量子コンピュータはご存じでしょう?量子論の“量子の重ね合わせ”と“量子もつれ”という現象を利用していますが、実は超高速並列演算が可能になる理論はまだ確立していないんです。特に“量子もつれ”については光速を超える情報伝達が予想されています。量子コンピュータの超高速並列演算は、これらの現象が関係して別次元で計算されているとすれば説明が付く、という仮説もあるんです」
「つまり、意識や記憶も量子論の作用だと」
「そう考えていただいていいと思います」
アメリカ人記者はようやく納得したようだ。いや、これ以上説明を求めても、これ以上簡単にならない、と思ったのか。
「最後に!最後にもうひとつだけ」
アメリカ人記者がまた手を挙げた。
「この現象を解明するために、あるいはその実験を行うに当たって最も重要な点は、なんでしょう?」
この質問は意外だった。だけど答えはとても簡単だ。
「インスピレーションの展開が必要だったのはもちろんですが、それ以上にこの研究を支えてくれた必要不可欠の存在が、メモリーとして機能してくれた人々の存在です」
「メモリーとして、それは、どんな方でしょう?」
「一般的にサヴァン症候群と呼ばれる瞬間記憶の能力を持つ人たちです。この人たちがいなければ研究自体不可能だったでしょう。そしてこれから行う実験にも、この人たちの存在は不可欠です」
「ここに、その能力者は」
「はい、そこに、沖縄科学技術大学の浜比嘉教授です」
「沖縄の浜比嘉です」
沖縄からオンラインで参加している浜比嘉教授が、モニターの中で頭を下げた。
「あなたがこのプロジェクトの最重要人物、ということなのですね?」
「いやいや、学問の劇的な進歩っていうのはやはり突き抜けたアイディアがもたらすんですよ。その点私は駄目ですね!がっはっは!」
-相変わらず豪快な人だ。でもそこが頼もしい。
私は信頼の目線を浜比嘉教授に向けた。
「ではどのような理由で最重要なのでしょうか?」
「あ~それはですね、先ほど藤間教授が言われたように、私には瞬間記憶の能力があるわけです。すると、このプロジェクトの最終段階で、これまでの計算結果や分析結果に基づいた多数のパラメータを装置に・・」
「あっと、浜比嘉教授!もうその辺で」
喋りすぎる浜比嘉教授を竹山教授が止めた。
「おっとっと、ですな!!はい、これ以上は安全保障上の理由とかなんとかってヤツで、申し訳ない!!」
アメリカ人記者も浜比嘉教授のキャラクターには苦笑いの様子だった。
「分かりました。浜比嘉教授、とにかくあなたは最重要だ」
結局、会見は5時間を超えた。
この箱庭の迷路から脱出する。永遠の箱庭をぶっ壊す。その理論と方法を、世界は理解してくれたかしら。
ううん、そんな事はどうでもいい。
気が付くと、私の手は震えていた。
・
・
・
つづく
お読みいただいて、ありがとうございます。
毎日1話の更新を予定しています。
よろしくお願いいたします。




