第42話 藤間綾子の閃き
宇宙全体がワームホールに呑まれる。
世界の理論物理学者が計算を始め、遂に繰り返す3日間の謎は解明されつつあった。
だが謎はまだ残る。なぜ記憶は、意識は連続するのか?
再び、藤間綾子は閃く。
宇宙全体がワームホールに呑まれる。そしてタイムトラベル、宇宙全体が約3日前に戻る。
このアイディアを元に計算を始めてもう10サイクル。感覚的には約1ヶ月が過ぎた。
私のこのアイディアは新しい理論を求めていた研究者たちにインスピレーションを与えた。
私たちの報告は世界中のユニットに検証され、認められ、そして新たな研究ユニットを集めていた。
研究は飛躍的に進んだ。世界中から集まる理論、計算をまとめ、中心的に活動するのはもちろん私たちのユニットだ。
そして私たちはついに、ある結論に辿りついた。“その現象”の正体と、それを回避する方法に関するものだ。
キーワードはワームホール、3日間、エネルギー量、そしてトンネル効果と量子ゆらぎ。
しかし、まだ難問も残っていた。それは、なぜ意識や記憶だけが時を越えて継続するのか、という問題だった。
「う~ん、確かに時間は戻っている。物理的な現象は戻った瞬間から3日間、常に何も変わりはない。我々が何をしようと、3日経てば強制的に戻される。物理的に戻るから我々も歳をとらない。死んだ者すら生き返る。その意味ではタイムリープ的だが、なぜ記憶や意識だけは時間的に連続で、タイムトラベル的なのか」
竹山教授が唸った。
「脳も物理的な物質だからな。これが3日前に戻るなら意識もすべてリセットされるはずだ。つまり記憶など残らない」
浜比嘉教授も続いた。
意識は脳の電気信号が生み出す産物だ。そして意識の蓄積である記憶は脳の中にある。これは脳の新皮質や旧皮質の研究からも明らかになっている。今考えていることには新皮質が関与し、そして記憶され、旧皮質には生物としての記憶と言える本能が記憶されている。
物理的な物質としての脳が3日戻れば、記憶も3日前までのものしかないはずなのだ。だとすれば本来、時間が戻っていることに誰も気づかない。まるで迷っていることすら気づかない特上の迷路で永遠に堂々巡りだ。しかも迷路の出口は、ない。
「あ~分からん!!これがオカルトならアカシックレコードに書き込まれてなんとかかんとかって、説明にもならん説明でいいんだはずよ!」
浜比嘉教授の言葉尻に沖縄の方言が混ざっている。この人は興奮するといつもこう。不謹慎だけど、ちょっと面白いわ。
「アカシックレコードなんて、浜比嘉さん、オカルトマニアなんですか?」
私はちょっとおどけて聞いてみた。
「ん?いやいや分からんぞ?この世には、科学で説明できない摩訶不思議な出来事があるぅ~ってな!大体今がそうじゃないか?」
浜比嘉教授は私の質問におどけて答え、がははと笑った。私は浜比嘉教授の豪快な笑い声につられて笑顔になっていた。
それにこの人の言うとおり、今まさに私たちが直面しているのがその、摩訶不思議な出来事じゃないか。
-こんなとき、浜比嘉さんは意外と確信を突いて来るのよね。
そう思ったとき、私の頭の中で再び閃くものがあった。
意識と記憶は時間的に連続している。では、引き継がれる意識と記憶はどこに保存されてるの?アカシックレコードに?そんな物理的には説明できないものに?
人類は民族宗教に関係なく、虫の知らせだの死後の世界だの生まれ変わりだの、そしてアカシックレコードだのっていう伝承を持っている。
それはなぜだろう?
もし意識や記憶が脳内ではなく、別の次元との情報のやりとりだったとしたら?
そして人類の歴史の中で、誰かがなにかの理由でその次元を覗くことがあって、それが伝承や迷信の元だったとしたら?3日間の時間を飛び越えて継承される可能性は・・
この世界ではほとんどの人類が死後の世界を経験した。それはただの暗黒だった。
死ねば意識や記憶は消滅する、だから死後の世界は存在しない、と皆が思った。でもそれこそが間違いで、死後の世界は・・
-死後の世界は別の次元にある。そしてそこに、人類が生きてきた記憶の全てが保存されているとしたら・・次元を越えて伝播する意識と記憶、それはまるで・・・重力。
「竹山さん、浜比嘉さん、ちょっと聞いてもらえますか?」
「どうした?藤間君、何か思いついたか?」
「なんだ?またインスピレーションだかアイディアだかが爆発したのか?」
竹山教授も浜比嘉教授も興味津々だ。
私は今、宇宙全体ワームホールと同じくらいの馬鹿げたアイディアを、もう一度話そうとしている。
「いいですか?私たちの意識も重力と同様、ブレーンを超えるのではないか?それどころか、私たちの意識が存在するためのブレーンが存在しているのでは?だからこの現象を超えて、私たちの意識は継続している」
ブレーン宇宙モデル。
それは、この宇宙が多次元に浮かぶブレーン、つまり薄い膜の集まりで出来ているという理論だ。
この宇宙モデルでは、それぞれのブレーンは次元が違うため物質による情報のやりとりはできない。だが、重力だけはブレーンを越えて伝搬すると予想されている。
「私たちの意識は脳内に生まれ蓄積されていると思われています。でも“この意識”は、重力に支配されていませんよね?支配されていないとすれば、例えば宇宙の絶対速度である光と同じ様な特殊性が、意識にもあると考えられませんか?」
「おいおい、さすがにそれは・・・」
竹山教授は何か言いかけてやめた。
「いや・・うん、そうか、否定できない。いやそれどころか理論上可能だ。量子コンピュータの動作原理でも同じような理論が提唱されている」
しばらく間を置いて、竹山教授がこのアイディアを受け入れた。浜比嘉教授は頭をゴシゴシ掻いて、大声で笑い出す。
「がっはっは!藤間、また面白れぇことを!!」
顔をレンズに近づけたのか、オンライン会議のウィンドウ一杯に、浜比嘉教授の目と鼻が映っている。
「藤間の仮説なら意識連続の謎も解ける!それに、多次元のブレーンがこのエネルギー現象で衝突してたらどうよ?この次元だけで計算してたエネルギー量の問題も解けるさぁねっ!!」
-浜比嘉さんって、ホントに豪快に笑うわね。それに、目がちょっと可愛いわ。
異なる二人の表情を見ながら、私は苦笑するしかなかった。
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連続する意識と記憶の謎は、ブレーン宇宙モデルと重力論の応用で解ける。
最初のアイディア同様、このアイディアも世界中の研究者によって検証され計算されつくした。
宇宙全体を呑むワームホール、そして、異次元に保存される意識と記憶。
この二つのインスピレーションは、世界の頭脳の方向性を変えた。そして更に多くの3日間の後、私たちはついに誰も考えつかなかった理論に辿りついた。
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「いよいよだな、藤間」
浜比嘉教授がモニターの中から声を掛けてきた。
「はい、いよいよです。でも、これからですよ?浜比嘉さんの力が本当に発揮されるのは」
「分かってるとも!今日、ようやく我々の研究結果と4日目への希望を世界に表明できる。これで俺の姪っ子たちも・・」
浜比嘉教授の声が詰まった。彼の姪は時間が戻った瞬間、ビルから飛び降りて亡くなってしまうのだ。
絶望的と思われた彼女の運命だが、彼女は同僚に助けられ、その同僚と結婚し、4日目を切望しているという。
そんな話を聞いたのは、何回か前の3日間だった。
“姪が、姪っ子が助かってその、け、結婚するって!もう研究の結果もほとんどできてるだろ?だからさ、だから・・今回の計算は不参加で!!”
顔を真っ赤にしてそう言う浜比嘉教授の顔、今でも思い出される。
「そう、姪っ子さんたちのためにもあなたの力が、能力が必要なんです。やりましょう、浜比嘉さんっ!」
「おうっ!俺にまかせとけ!!」
この3日間の初日、私たちボウは“繰り返す3日間の正体”を世界に発表する。それにはこの迷路に囚われた理由と、迷路を抜け出す方法も含まれている。
今日は“世界が揺らぐ日”だわ。
つづく
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