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第40話 サヴァンの理論物理学者

浜比嘉青雲、49歳。

ボウの理論物理学者にしてサヴァン症候群の能力を持つ。

繰り返す3日間で計算されたデータはすべて消え去るが、彼の頭の中には残るのだ。

日本最高峰の物理学者たちは、その総力で繰り返す3日間の謎に挑むが・・



 リモート会議のモニターに、ひときわ色黒で眉毛の濃い男性が顔を出した。


「おせぇな、藤間、もう世界中から前回の計算結果が届いてる。俺もとっくに送信済みだけどよ」


 沖縄科技大の浜比嘉教授だ。私と同期の物理学者。陽気な人、この人と話していると楽しくなる。


 この現象が始まって世界が混乱から立ち直った後、ボウは自然に発生した。その仕組みもそれぞれの得意分野で整理統合され、強力な頭脳集団として機能している。


 中でも重要なのは、一般的にサヴァン症候群と呼ばれる症状を持つメンバーたち。流れる風景や床に散らばるヘアピンの数などを写真のように瞬間記憶できる能力者。我々の導き出す数式を記憶し、時間が戻れば瞬時に再現してくれる。恐ろしく優秀なメモリー。


 彼らがいなければ我々の活動は成り立たない。そして、我々のユニットにもその能力を持つ人物がいる。


 それが、浜比嘉青雲教授だ。


「厳しいなぁ、これでも今日は少し早く起きてたんですよ?まぁ、朝ご飯はゆっくり食べてましたけど」


 私は相変わらず起き抜けの寝癖を手ぐしで解きながら応える。


 これから3日間、ほとんど休みなしで計算の日々なんだ。身なりにはあんまり興味がない私だけど、本当はシャワーも浴びたかったな。


 そんな寝ぼけたような私を、モニターの中から竹山教授が叱咤する。


「おいおい藤間君!世界中の頭脳が結集しないとこの問題は解けないんだぞ?大体3日間計算しても、その結果をデータとして残せないんだから、我々の頭脳ひとつひとつがCPUで、メモリーなんだ」


 ここはもう竹山教授のお説教を聞くしかない。


「それに世界中の計算結果が同じになるとも限らんのだ。だから計算結果の正当性も検証しなきゃならん。そこで選ばれた結果が次の3日間に引き継がれるんだから、君の頭ひとつだって、自分のもんだと思うなよ?」

「はいはい、ご説ごもっともでございます。ただね竹山教授、その話、もう百回目くらいですよ?」


 そしてこんなやり取りも百回目か。私は少し笑顔になっていた。

 そこに浜比嘉教授が割って入った。


「そうだな、これから何千回あんたらのやり取りを聞くかと思うとたまらんから、ちょっとこれまでのことを整理しないか?」


 いい提案だった。今この瞬間も、世界中で次の3日間への計算が進んでいる。このユニットでも、現時点で10名以上が計算している。私たち3人が抜けても、後で彼らの計算を確認して参加しても遅くないし、それよりこの現象とこれまでの計算結果を検証して整理してみるのも悪くない。


「そうですね浜比嘉さん、竹山教授もどうですか?」

「む・・う~ん、頭みっつ分か、真面目に計算してる誰かから文句が出そうだが、まぁいい!で、どう整理する?」


 先陣を切ったのは、私だ。


「まず、このタイムリープが起こるのがこれから約3日後で、その時間は小数点数十桁までいつも正確で、戻ってくる時間も同様だということですね。それで私たちはこの3日間に“何が起こっているのか”を考えて計算をしています」

「そうだな、何が起こっているのか。宇宙規模で考えれば、巨大なエネルギー現象の類い、超新星爆発やガンマ線バースターの誕生、超巨大ブラックホールの衝突、くらいかな」


 そう言う浜比嘉教授に竹山教授が応える。


「はっきり言って、我々の太陽系ではこの3日間、何も起こらない。天文物理学者のユニットが詳細に調べてるからな。3日間で調べられる限界は太陽系の周辺までだし、遠くの星や銀河を見たって無意味だ。でもまぁ、宇宙全体の規模なら当然起こってるだろう。それも間違いなく。そもそも我々が観測できる宇宙の範囲は限られているから、その外で超巨大エネルギー現象が起こっている可能性は、そりゃ100%だろ?」

「その通りですね。地球の3日間という時間は、宇宙規模で考えれば一瞬にも満たない誤差のようなもの。1日の絶対時間が地球よりずっと長い惑星なんて、それこそ数え切れないほどあるでしょうからなおさら。では、その一瞬にも満たない時間に宇宙のどこかで起きた超巨大エネルギー現象がこのタイムリープ現象を引き起こした、というストーリーがやはり一番強いでしょうか?」

「いや藤間君、巨大エネルギー現象が起こった確率はまず100%だが、それが時間の巻き戻しを起こした原因というのは早計だね。そんな現象は宇宙規模なら常に起こっているし、そもそも我々がタイムリープするのに必要なエネルギー量はとっくに計算済みで、そしてどの計算結果も、これまで知られている現象ではエネルギーが足りないことを示している」

「つまりこのタイムリープが実際に起こったということは、これまで知られていないエネルギー現象が発生した、ということになりますね?」

「そう、だから今、そのようなエネルギー現象とはどのようなものかを世界中の学者が計算中、ということだね」


 浜比嘉教授はそのゴツい指で顎を掻きながら口をへの字に曲げている。


「しかし竹山さん、その方向性の計算では、もしそんな現象を理論的に説明できたとしても、“理論的には解明できましたが、もうどうにもなりません”と世界に宣言するようなもんですよね」

「その通りだな、浜比嘉君、宇宙全体を記述できる計算式を完成させ、この現象を理解したとして、人類の知性はそこで終わりだ。そこから後はない」

「もちろん分かってはいるんですが、結局どうにもならないことを今やることに意味があるのか、そんな疑問も生まれてきますよ」

「うむ、謎を解き明かしたとしてもどうにもならない。でも、その答えを突き詰めるのが我々物理学者だろ?」

「あぁーくそっ、どうにもならんのかなぁ!タイムスリップでもタイムリープでもいいけどさ、4日目に行きたいもんだよなぁ!」


 浜比嘉教授が苛ついているのはすぐ分かった。そもそも“理論的に整理”と言い出したところでこの結末は分かっていたんだ。私と竹山教授は、浜比嘉教授に付き合った、というところか。


 でも今の浜比嘉教授の発言には、どこか引っ掛かるものを感じる。


-なんだろう?この違和感。タイプスリップ?タイムリープ?だとしたら、私たちはどこからどこにスリップとかリープしてるの?


-おかしい、うん、おかしいわ。


 私はしばし考えて、そして閃いた。



つづく


お読みいただいて、ありがとうございます。

毎日1話の更新を予定しています。

よろしくお願いいたします。

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