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第37話 麻理子の父のお願い

生きている麻理子。それは麻理子の父母にとって、奇跡の瞬間だった。

そして麻理子の父は、尚巴にある願いを口にする。

それは、尚巴と麻理子の運命を決める願いだった。


 伊藤と新田は泣いている。ふと見ると、佐久間も男泣きに泣いていた。


「俺たちは、やったんだな」


 尚巴の口から、自然と大きな声が出た。誇らしかった。

 その声が聞こえたのか、麻理子の父親が顔を上げる。


「あ、あなた方は?」


 その問いには、麻理子が応えた。


「お父さん、この人たちは私の同僚なの。私を助けてくれたのは、この人たちよ」

「なんて?どうやってな?」


 麻理子の父の言葉には、尚巴の耳に馴染みのある訛りがある。


「それはね、お父さん、あの人に直接聞いた方がいいわ」


 麻理子はそう言うと、尚巴の方を向き直った。


「喜屋武さん、父の長政です。こちらは母の昌子。どうやったのか、教えていただけますか?」

「はっさ!きゃん!?喜屋武てな?」


 麻理子の父がさも驚いたという声を上げた。


「あんたは、ウチナーンチュね?はぁ、どこのシマね?」

「あ~、はい、イチマンですけど、イチマンのキャン」


 沖縄では、生まれた土地や住んでいる場所のことを“シマ”という。喜屋武尚巴の生まれは沖縄本島南部の糸満市喜屋武地区、名字も喜屋武だが生まれも喜屋武だ。


「はぁ、イトマンチュね、こっちはタマグスクよ」


 訛り全開の父親と尚巴に、麻理子が顔を赤くして叫んだ。


「なんねふたりとも、はじかさ~だよ!もう!」

「ははは!久高、お前も訛ってるぞ!それも思いっきりな!!」


 我が娘を指差しながら大笑いする尚巴を見て、長政は何かを決めたように立ち上がり、居住まいを正して語り掛けた。


「いや、失礼しました。喜屋武さん、麻理子の父の長政です。さ、昌子もご挨拶しなさい」


 長政に促され、昌子も涙を拭いながら立ち上がって頭を下げた。


「喜屋武さん、それから皆さん、本当に、本当にありがとうございました。麻理子が生きているなんて、こんな奇跡があるなんて、ほんとに、ほんと・・」


 昌子はまた涙を流して言葉に詰まっている。


 その後、久高チームの面々が自己紹介し、それぞれが久高麻理子救出でどんな役割を担ったかを両親に話した。


「で、ですね!やっぱりこの作戦において一番の功労者は、ランディングネットを持っていたこの私、釣りガール新田里央ではないかと!」

「いやいやいや!この俊足と怪力!ラガーマン佐久間真一ではないかと思いますよ!?おとうさん!おかあさん!!」

「私は!なんだか影が薄かったようなんですけど、でもでも!思いっきり引っ張りました。佐久間君のお尻を思いっきりです!佐久間君のお尻担当、伊藤彩です!!」


 自分たちがどうやって麻理子を助けたか、最後の方はみんな変なテンションになっていたが、それが長政と昌子の笑顔を誘っている。


「みんなありがと、でもね、私は覚えてるの。一番最初に私に気がついてくれた人の顔、そして、一番最初に窓ガラスを破ろうとしてくれた人の顔」


 麻理子は笑顔で尚巴の顔を見上げている。


「喜屋武さん、ありがとう」

「おいおい、誰か一人でもいなかったら無理だったかもよ?なぁ、みんな」


 尚巴は少し照れくさくて、皆の顔を見渡した。


「はぁ、まぁそれはそうですけど、あの正拳突きを見せられなかったら、久高チーフを助けられるかも~なんて、思いませんでしたよ」


 佐久間が言う。


「ほんと、あのときの喜屋武さん、堅い!割れん!!って、でも、あれが始まりね」


 伊藤も佐久間に同調する。

 新田もニヤニヤしながらうなずく。


「あのとき、折れてましたよね、手の骨」

「おまえ新田!余計なこと言うな!!」


 尚巴の耳が熱くなっている。まったく、新田は恥ずかしいことを平気で言う。


 そんな尚巴たちを見ながら、長政が笑顔で話し掛けてきた。


「喜屋武さん、いや、尚巴くん。よく分かりました。麻理子は本当にいい同僚に恵まれていたようだ。上司のあいつ以外」


 そして、意を決したように言葉を続けた。


「尚巴くん、君は、独身だろうか?」


 あまりに意外な問いに、尚巴はどう答えるか一瞬考えてしまったが、ここは嘘をつく必要もない。


「あ、はい、独身ですけど」

「そうね!?麻理子お前、尚巴くんと結婚せんか?尚巴くん、どうね!?昌子は、いいな!」

「えぇえぇ、この方なら私はもう、なんにも」


 昌子もうれしそうに笑顔でうなずいている。


「はぁ?」

「は?」


 尚巴と麻里子、二人同時に声を上げた。


「いやいやいや、それはいくらなんでも急な、いや、急なと言うか、ち、ちゃんと順序みたいな、なんかがあるんじゃないかと」


 尚巴の口からは、まったく意味不明な言い訳しか出てこない。


「それは普通はそうさ、でもさ、お前たちはもう、運命さ!!」


 長政は一歩も譲らず、運命などという、普段は滅多に聞かない単語まで持ち出して俺に迫る。


「で、麻理子、お前はどうね?」

「そうですよ、久高の気持ちが一番大事!そりゃ~久高だって・・・なぁ?」


 そう言って尚巴は麻理子の顔を見た。だが、久高麻理子は赤い顔をして微笑んでいるだけだ。


「ほら、麻理子はいいみたいよ?どうね、尚巴くん!うちの娘、もらわんね!!」

「っく、くぅ~~~」


 そこに伊藤たちが割って入った。


「いいんじゃないですかぁ?チーフと喜屋武さん、お似合いですよぉ~?」 

「運命と言えば運命。これから3日ごとに助け、助けられるふたり、そして深まる愛、ス・テ・キ」

「喜屋武さん!断る理由ってあります?ずっと前から彼女いねぇ彼女欲しいって言ってたじゃないですか・・それに喜屋武さん、こんな世界ですよ?喜屋武さんと久高チーフ、ふたりを見守る3日間、俺たちにくださいよ」

「佐久間君、いいこと言う~、ホントそうですよ喜屋武さん、久高チーフ!」


 伊藤の言葉に佐久間がこれ以上ない笑顔を返す。


「おとうさん、おかあさん、もう一押しです!ホシはもうすぐ落ちます!頑張って!!」


 新田が訳の分からないことを口走る。


「新田さんありがとう!さぁ~尚巴くん、もう決断しようね!」


-あぁ、どうすればいい?俺に断る理由はない。でも久高は、そうだ、久高はホントはどうなんだ?


「く、久高、お前はいいのか?黙って微笑んでるだけじゃ分からんぞ?」

「あら喜屋武先輩、後輩に判断を委ねるなんて先輩らしくもない。そういうの、先輩としてどうかと思いますよ?お手本を見せていただきたいですわ」


 麻里子は頬を赤らめながら、精一杯の虚勢を張っているようだ。


「あぁ、そうだな、俺、おまえの先輩だもんな」


-もう、覚悟しよう。うん、覚悟した!


「久高麻理子、俺はお前の夫になる覚悟をした。お前は俺の嫁になる覚悟、あるか?」

「もちろんっ!」


 即答だった。長政と昌子が、抱き合って喜んでいる。


「はっさよ!娘が帰ってきたと思ったら、すぐに婿ができたさ!よし!今日の午後便で沖縄に飛ぼうね!みんなも来てね!絶対よ?!」

「え!僕たちも、ですか?」


 佐久間が慌てて口を挟んだが、長政は全員の顔を見回して言い切った。


「当たり前さ!なんで娘の命の恩人たちを結婚式に呼ばんわけ?昌子、すぐに春子に電話して、青雲に準備させなさい、今日は忙しくなるさぁ~」


 佐久間も伊藤も新田も顔を見合わせていたが、心は決まったようだ。


「はい!では喜んで!!」


 長政と昌子は満面の笑み。

 これまで何百回、死んでしまった娘と辛い時間を過ごした父母の喜びは想像に難くない。皆それが分かっている。もちろん尚巴も。


 なんということか。久高麻理子を助けたその日、喜屋武尚巴たち久高チームは沖縄に飛ぶ。尚巴と麻理子の結婚式だ。


-俺のおとうとおかあにも言わなくちゃ、今日、嫁が来るぞって。


 長い長い3日間は、まだ始まったばかり。そしてまだまだ終わらない。


 あっぎじゃびよい!(ビックリだぜ!)



つづく


お読みいただいて、ありがとうございます。

毎日1話の更新を予定しています。

よろしくお願いいたします。

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