第34話 久高麻理子救出作戦
空手有段者の喜屋武だったが、彼の拳は窓ガラスにあえなく弾き返された。
久高チームの面々は、それぞれが久高麻理子を助けようと腐心する。
そして、最強?の作戦は練り上げられた。
「このビルの窓ガラスは強化ガラスなのか?」
俺は誰ともなく聞いた。
「いえ、違うようです。ただ、普通のガラスよりは強い、倍強度ってやつみたいです」
佐久間真一が応える。
「倍?強度が倍か、俺の正拳じゃダメだった。でも、強化ガラスってわけじゃないんだな?」
「そうですね、強化ガラスだと相当な強さですよ、車のフロントガラスみたいなもんで」
「なるほど、フロントガラスよりは弱い、か。じゃ道具を使えば割れるな!」
「でも喜屋武さん、あの瞬間に使える道具なんて、ないでしょ?」
伊藤彩が割って入った。
「そうだよね、ドライバーとかハンマーとか、準備できればいいのにね」
佐久間も伊藤に同意する。
「いや佐久間、ドライバーとかそんな小さな道具じゃガラスに穴が開くだけだろ?窓全体を割らなきゃ駄目なんだよ」
「そうか、じゃ、椅子ですか?」
「佐久間分かってるじゃないか、椅子をぶん投げるぞ」
「いや喜屋武さん、離れたところから椅子を投げたってガラスは割れませんよ。すぐそばで思いっ切り叩きつけなきゃ」
佐久間の言うことももっともだが、それでも倍強度ガラスを破るのは容易ではないはず。しかし佐久間はなぜか自信ありげだ。
「うん、そうだ、確かにそうだが、佐久間、自信あるのか?」
「ん~、100%かって言われるとちょっと、でも俺、高校大学とラグビー部だったんすよ、まぁその辺はちょっと自信あり、って事で」
意外だった。細身に見える佐久間が元ラガーマンか。
「おぉ!じゃ、おまえがまず全速力で窓に走ってそこの椅子を掴んで窓ガラスに叩き付ける。失敗できないからな、窓ガラスを完全に破壊する勢いでやるんだぞ」
「はいっ!任せてください!完全にぶっ壊してやりますよ、こんなガラス!!」
佐久間がいつになく頼もしい。そこに伊藤が割って入る。
「え~、でもそんなことしたら、ガラスは割れても下の人が危ないんじゃ、それに椅子も落ちるんでしょ?」
それももっともだ、だが心配はない。
「伊藤~、あんな時間にそうそう人なんかいないよ。しかもだ、あの瞬間に人が落ちてくるってみんな知ってるから、近くにいてもすぐ逃げてるよ」
「あ、そうですね。あっ!でもでも、椅子がチーフにぶつかっちゃったら?」
「それはあるかも、どうですか?喜屋武さん」
「うん、俺が窓に走って正拳を入れたとき、まだ久高は来てなかった。割れなかった瞬間目が合ったんだよ、だから間違いない」
「ていうことは今の計画なら、久高チーフが通り過ぎるのは窓ガラスが割れた直後、ってことになりますね」
「あぁ、そうなるな。勝負はおそらく3秒以内、か?」
久高を救う計画は着々と進んでいるように思えたが、それまで黙って聞いていた新田里央が口を挟んだ。
「だから椅子を叩き付けるだかぶん投げるだか、と?」
「そう、誰かが椅子をぶん投げる。じゃないと間に合わないんだよ。そして割れた瞬間、俺が」
「喜屋武さんが素手でチーフを掴む、と?」
また新田だ。
「おいおい新田、いちいちなんだ?この案はダメか?」
どこか引っかかる物言いの新田に、俺は少し苛立ちを覚えながら聞いた。
「いえそうじゃなくて、その計画ではちょっと足りないかな?と。私、こんなの持ってるんですけど」
そう言う新田が机の下から取り出した物は、一見太い棒に網が巻き付いているようだ。だが次の瞬間、ガシャンという音を立てて、棒はその姿を変える。
全員の目が点になった。
「それ、え?玉網?」
玉網と言ったのは俺だったが、新田はそれを否定するように、ぶんぶんと首を横に振った。
「釣りに使う玉網じゃないのか?」
「喜屋武さん違いますよ。これはランディングネットです。東京湾のシーバスで使うんですけど、メーター級も来るからこんなに大きいんですよ」
「それを玉網っていうんだろ!ん~、まあいい、で?お前はなんで会社にそんなもん持ってきてるんだ?」
「あ、私、ショアとかオフショアのシーバスゲームが好きで、会社の帰りにちょっとベイショアとか、オフショアでストラクチャ周りとかの船に乗ったりするんですよ。もっとも最近は全然行けてなくて、とってもストレスですけど」
「いや、その難しい釣り用語は置いといて、なんで会社に持ってきてるんだ?って聞いてるの」
「駄目でしたか?」
「いや!駄目じゃないんだけど!!」
「ロッドもリールも、ルアーもありますよ?リールはステラです。8万円です。見ます?」
「あ~!もういいや!!」
作戦は決まった。時間が戻った瞬間、まず佐久間が窓に走り、手近の椅子を渾身の力で叩き付け、ガラスを破壊する。
佐久間と同時に、俺と新田が窓に走る。新田はもちろんネットを持って、そして俺が窓際でネットを受け取り、外に差し出す。
新田と伊藤は、俺が久高と一緒に落ちないように、後ろから俺を引っ張る。
佐久間は俺の横について、ネットに引っ掛かった久高を一緒に引っ張り上げる。
完璧だ。
次に時間が戻ったとき、久高も戻ってくる。そんときは、そうだな。
まず武田課長を殴ろう。
・
・
・
つづく
お読みいただいて、ありがとうございます。
毎日1話の更新を予定しています。
よろしくお願いいたします。




