第27話 インフルエンサー黒主聡子
2度の終末核戦争で世界は終った。
そしてまた、3日間は始まる。
来斗の母、黒主聡子は目覚めてすぐ、正平にある提案をする・・
5回目の5月28日、午前3時20分過ぎ。
「うがぁっ!!」
小鉢は局の編集室で目覚めた。
ディレクターチェアでふんぞり返っていた小鉢は、衝撃で後ろにひっくり返る。
「あったったー!!」
小鉢はしたたか打った腰をさすりながら起き上がり、すぐにインターホンの受話器を握った。
「おい!集合だ!モーニングブレッド出演者スタッフ、全員集合させろ!すぐ行くぞ!!」
「もう了解ですよ、ここにいる全員が」
受話器から聞こえる冷静な声は、板野しほりだった。
「お、おぅ、しほりちゃんか、じゃ、すぐ行くからな!分かってんな!ディー!」
-あ~いったぁ~、なんで俺っていっつも椅子でふんぞり返ってんだ?俺ってもしかして、馬鹿なのか?
小鉢は痛む腰をさすりながらスタッフルームに走った。
「小鉢さん私のこと、Dだって」
受話器を置いたしほりは、横にいたさくらに驚きの目線を向けた。
「へぇ~、腐っても鯛って言うじゃない?小鉢さんだって鯛なのよ、ホントはね」
「まだ腐ってる、かもよ~?」
横から誰かが口を挟んだ。和やかな笑いがスタッフルームを包んだ。
「なにが腐ってるって?」
小鉢が飛び込んできた。
「それよりっ!!すぐ行くって言ったろ!もう行くぞ、すぐ行くぞ、黒主来斗のところに!!」
スタッフルームに緊張が走った。
「今度はもっと早く、世界が終わる!!」
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5回目の5月28日、午前5時、黒主家。
私と来斗は、テーブルに着いて朝食を待っていた。
「さぁさぁ!朝ご飯食べて、準備しましょ!小鉢さんたち、来ちゃうわよ!」
聡子は張り切ってベーコンエッグを並べている。不思議なものだが、こう何度もベーコンエッグが続くと飽きてくる。確か、朝食にベーコンエッグは久しぶりだったはずなんだが。
「あのさ、聡子、そろそろ最初の朝ご飯、別のものにしないか?」
「あっ!そうね!じゃ今からでも別のにする?小鉢さんたちの朝ご飯も作ってるから、それをあなたと来斗に」
「あ、うん、いや、次からでいいからさ」
「そう?あの人たちもお腹すかせてくるだろうから、すぐに食べさせてあげないとね!じゃ、ベーコンエッグ、今朝はこれで我慢してね」
-まさかなぁ、聡子がマスコミの連中の朝飯を準備するなんて。
私は苦笑いしながら思った。
聡子のテンションは高い。3時20分過ぎに目覚めてすぐ、聡子が私に言った言葉が「来斗を起こしてすぐに配信しましょ!私のSNSに!」だった。
聡子が言うには、最初の核攻撃、次の核攻撃、どんどん早くなっていくと。
それはそうだ。西側諸国、そしてそれに対抗する諸国、どちらも先制攻撃を狙うのだから、回を重ねるごとに早くなるのは当たり前のことだ。結局、ミサイル発射の準備がどれだけ早いかに掛かってくる。
だから来斗がネットに登場する時間は早いほどいい。来斗もそれに同意した。
そしてつい先ほど、来斗の最新動画が聡子のSNSを通じて世界に配信されたところだ。
普通の専業主婦が世界を動かすインフルエンサーになる。それは誰しもが夢見るものだろう。
聡子にはそれができたんだ。少々テンションが高いのも許してやらなければ。
「でも、さっきの来斗くんの話、すごかったわぁ、私、初めてみんなと一緒に死んだから、全部知ってて目覚めたのは初めてだもんね!もう、感動しちゃったわぁ」
息子を失って半狂乱でヤクザみたいな男に立ち向かい、次は自らの命を捨てて息子を守った女が、今はこれほどに浮かれている。
「女って、分からん」
私のつぶやきは、幸い聡子に聞こえてはいなかった。
タブレットの中、聡子のSNSで来斗は、これからすべきことを世界に訴えている。
「・・・きっと今、世界各国で先制核攻撃の準備が進んでいるでしょう。今、時間が戻ってから20分ほどしか経っていません。早ければあと数時間でまた世界は滅亡します。準備は無駄です。逃げても無駄です。皆さんに出来ることはありません。ですが、出来ることがある人もいる。何も出来ない世界中の人たちに代わって、核ミサイルを撃つ者たちに、裁きを与えることが出来る人。分かりますか?」
来斗は一呼吸置いた。
「それはあなたです!」
来斗は聡子が掲げるスマホのレンズを指差した。
「今、独裁者の傍にいる、あなたにお願いしているんです!!あなたが動けば、このループは止まる!さぁ、時間が戻った今!あなたの力で、独裁者に裁きを、そして許そう。次の3日間で!」
聡子は息子の気迫に押され、ピクリともできない。
「もうすぐテレビ局の人たちが来ます。そのときまた、お話ししましょう・・・僕の名前は、クロスライト」
わずか数十秒の動画だが、その再生回数はみるみる伸びている。そして、あっという間に各国語に翻訳、編集されて拡散していた。
聡子は自分の朝食に手も付けず、ご満悦でタブレットに見入っている。
その時、玄関のチャイムが押され、インターホンに小鉢が映った。
「はぁ~い!」
聡子は嬉しそうに玄関に走った。いちばん最初の3日間、あんなに苦しめられた相手なのに。
まったく、女って分からない。
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つづく
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