第22話 頭上の太陽
クロスライトの動画を流出させたのは、ADの板野しほり。
怒り狂う小鉢は板野の実家に車を走らせる。
板野を責め立てる小鉢だったが、そのとき・・
3回目の5月29日、11時20分。
朝の番組が終わるとすぐ、小鉢は中丸と局を飛び出した。板野の自宅は東京都郊外、東村山市にあった。埼玉県境にほど近い東村山市は、都心からかなり時間が掛かる。
「あ~忌々しい、再生回数がどんどん伸びてる。世界中で見られてるんだな?大体さ、なんでご丁寧に英語の字幕なんか付いてんの?」
「あぁ、板野ってまだADですけど、かなりデキるヤツみたいですよ?帰国子女で超一流大学卒、きっとあいつが翻訳して編集したんでしょ?優秀ですよねぇ」
「まるちゃ~ん、人ごとみたいに言わないでよぉ」
「いや小鉢さん、英語どころかもう各国語に翻訳されて、吹き替え版までありますよ?」
「ほぉんとだぁ~、ますます忌々しい!!」
「そんなことより小鉢さん、もう着きます」
板野の自宅は多摩湖のそばにあった。西武園にもほど近い、ほとんど埼玉。かなり大きな一軒家だ。
「こりゃ~板野の実家ってことか、かくれんぼにはもってこいだな」
小鉢は車を降り、玄関のインターホンのチャイムを鳴らした。きっと板野は家の中でモニターを見ているはずだ。
「いたのさぁ~ん、しほりさんおられませんかぁ〜?会社の上司なんですけどぉ~」
小鉢にとって、この手の突撃はお手のものだった。若い頃から叩き込まれた取材という名の嫌がらせ。相手がどんな心境だろうと、相手にどう思われようと関係なく、何時間でもチャイムを押し、丁寧な言葉でプレッシャーを掛ける。それこそ相手が怒りにまかせて出てくればしめたものだ。
「しほりさぁ~ん、いるんでしょ~?出てきて説明してくださいよ~、じゃないと、法的に出るとこ出てもいいんですよぉ~?」
嘘だった。
この3日間の繰り返しがいつまで続くか分からないが、裁判を起こしても時が過ぎれば3日前に戻ってしまう。裁判など無駄なのだ。
-出てこい出てこい、ぶちのめしてやるからさぁ~
何十回目のチャイムだろうか、それを押そうとしたとき、反応があった。
「小鉢プロデューサー、板野です」
「おぉ!やっぱりいたねぇ~、板野しほりさん、出てきてもらえるかな~、で、なんであんなことしたのか、説明してくれると嬉しいなぁ」
「出ません。後ろで父が見ています。このまま話をさせてもらいます」
「いやぁ~おとうさんかぁ、一緒に出てきてもらってもいいんですよぉ?」
インターホンの声が変わる。
「小鉢さん、ですか、娘は出て行きません。出来ればお帰りいただきたいのですが、そうもいかないようなので、このままどうぞお話しください」
-ちっ!おとうさまのご登場かよ。仕方ない。
小鉢はとりあえず話を進めることにした。
「はいはい、分かりまぁ~しぃ~たっ。じゃぁ板野さん、どうしてあんなことをしたんでしょうか?」
「あんなこと、と言いますと?」
板野は逆に質問を返してきた。ADとはいえ、さすがこんな状況には慣れている。
「いやいや、とぼけても無駄ですよ?あの動画、あなたのスマホのものでしょ?」
「ですから、あの動画とは?」
「またまたぁ、あのとき局のカメラが撮った映像は流出しようがないんだから、あなたがスマホで撮った動画を流出させなきゃ、誰が出すのかなぁ?」
「そんなこと身に覚えがありません。あの動画って言うのも、そもそも私のスマホを奪うように持って行ったのはあなたじゃないですか。しかもロックまで外させて。もしかして、それを利用してあなたが流出させたんじゃないですか?」
小鉢の後ろで中丸が笑いを噛み殺していた。
-あの小鉢さんが劣勢!おもろいっ!!
「いやいやそれはねぇ・・そんなはずないじゃない。俺があの動画を晒してなんの得があるのかなぁ?」
「あなたは視聴率のためなら何でもする人だと理解しています。動画が話題になればなるほど視聴率は上がるはず。私のスマホを奪ったのも、あの映像を独占したかっただけでしょ?私は自分のスマホの動画を見てすらいないんだから、これ以上やるとパワハラと脅迫で訴えますよ?出るとこに出れば、あなた、絶対負けますから」
小鉢はこめかみに血管が浮かぶのを感じた。同時に、インターホンのレンズに拳を叩き付ける。
-わぁ、やべぇ、小鉢さん切れちゃった。ピンポン壊れてないかなぁ。
「パワハラだぁ?てめぇ、この小娘っ!お前がやったに決まってんだろ!!」
相手を煽るはずが自分が煽られた。こんなに腹が立つのか。小鉢は初めて取材相手の気持ちを知った。
「出て来いこのアマ!!じゃなきゃこの扉ぶち破っても・・」
小鉢は言葉を切った。スマホがけたたましく鳴ったからだ。
「はぁ?じぇ、Jアラート?」
小鉢の眼はスマホに釘付けになる。
「ミサイル発射、ミサイル発射、K共和国からただいまミサイルが発射されました」
中丸のスマホは当たり前のように無機質な合成音声を垂れ流した。
「て、テレビ、板野テレビ点けろ、Jアラートだ!うちの局映せ、で、状況教えろ!まるっ!車のテレビ、うちと違う局にしろ!!」
小鉢は腐ってもテレビマンだった。
「小鉢さんやばいです!K共和国のミサイル、短距離か中距離かICBMか、何も分からないって言ってます!分からないって事は、複数撃ってる可能性があるって!!」
中丸は国営放送を見ながら叫んだ。
「うちの局は緊急放送に切り替わってます!複数着弾の可能性、すぐ頑丈な建物に入るように、避難命令出てます!Jアラート対象は北海道、関東、近畿、九州、ほぼ全国!玄関開けます!すぐ中に入ってください!」
板野の叫び声がインターホンから響く。
小鉢は天を仰いだ。
「いや板野、悪かったな。もういい、もういいんだよ。俺だ、俺があの映像を独り占めしようとしたのが悪かった。あの子供の、いや、黒主来斗の言ったとおりだった」
「迎撃失敗!!一部ミサイルが着弾!!」
中丸が叫んでいる。
小鉢は東村山の東方、都心方向に閃光を見た。空には飛行機雲のような軌跡が残っている。そしてむくむくと立ち昇るそれは、キノコ雲。
「小鉢さん、テレビが、電波が落ちました」
中丸の声が小さくなる。
「もうテレビは映ってません!小鉢さん!中丸さん、早く家の中に!!」
インターホンから板野の声が響く。いやに遠く感じた。
「本当にもういいんだ、板野、ありがとな。それより地下室かなんかあったら、すぐ入れよ?」
小鉢の眼は、もうひとつの閃光を頭上に捉えていた。
「うわ、太陽かよ」
その言葉が自分の耳に届く前に、小鉢の体は燃え尽きた。
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つづく
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