第18話 惨劇は繰り返す
武藤は警察官だった。
自分の息子の罪と向き合う彼は、黒主家との和解を望んでいたのだ。
繰り返す惨劇を確信していた来斗は戸惑う。
だが、来斗の確信はやはり確信だった・・
「ところで武藤さん、車の中にもうひとりおられるようですが?」
「あぁ、もし話がこじれたら出てきてもらおうと思っていたんですけどね」
武藤はそう言うと車に向き直り、何か合図を送った。助手席の後ろのドアが開く。
「安藤さん」
父さんがつぶやいた。
「あなたや来斗君のことを知るために、この件を最初から知っている安藤さんに話を聞いたんですよ。そして今日も、念のため来てもらった次第で」
安藤刑事は僕たちに歩み寄って、全員の顔を見渡した。
「黒主さん、奥さん、来斗君、大変な3日間を過ごしたねぇ、しかも何回も。武藤さんも、自分の息子さんの不始末に悩んで、その息子さんも、そして前回のこと、大変な3日間でしたなぁ」
僕はこの人のことを知らない。でもなぜかこの人の口調は安心する。
「来斗、この人は安藤さん。最初から私たちの面倒をみてくれた刑事さんだよ、マスコミの取材からも守ってもらったんだ」
父さんもこの人を信頼しているようだ。
「さぁ、もう終わりましょう。ひどい思いはもうしたくない。あそこで私たちを撮ってるマスコミさんにも、もう終わりですよって、帰ってもらいましょう」
「もう終わりって、安藤さん、ここまでの3日間の繰り返しで、武藤さんも私たちも、大きな罪を犯しています。それは、どうなるんでしょう?」
父さんの言うことももっともだ。だが安藤は静かに言った。
「黒主さん、今、何時でしょう?」
「え?もうすぐ7時半、くらいですね」
父さんは腕時計を見ながら答えた。
「えぇ、7時半、まだなんにも起こっていませんよ?なんにもです。違いますか?」
その通りだった。事件なんて何も起こっていないんだ。2回目の3日間でもそうだった。
「それにね黒主さん、日本中で、いや、世界中で今、同じようなことが起こっています。虐げられた人たち、殺された人たちが復讐に走っている。そんな状況で過去の3日間に起こったことを裁くとしたら、いったい誰が裁くんです?」
「そうか・・・その通りかもしれませんね」
父さんは少し俯いて、意を決したように顔を上げた。
「今の私の願いはひとつだけ。この3日間が何事もなく過ぎて、誰も死なない日々を過ごすことなんです。世界中でこんなことが起こっているとしたら、なおさら」
「全く、その通りですね」
安藤刑事も深くうなずいた。
「さて!じゃあマスコミさんにもご退場願いましょうか!」
父さんと安藤刑事、そして武藤刑事は、マスコミの方に向き直った。
-誰も殺し合わなかった?
-僕の予想は外れた?まさか、確信と思ったのに?
-あの若い二人は父さんを見て暴走するはずだった。でもしなかった。
-警察官だからか?
-いや、違う。まだ足りないんだ。まだピースは揃っていないんだよ。
僕がそう考えていると、突然、路地に一台の乗用車が入ってきた。目線を送ると、運転手と目が合った。
男が3人乗っている。
瞬間!エンジンが爆音を上げ、車は猛然とスピードを上げる。僕たちに向かって突っ込むつもりだ。
「危ない!避けろっ!!」
誰かが叫んだ。車はマスコミの連中を避け、父さんや武藤たちを避け、僕と母さんに突進してくる。
-こいつの狙いは、僕だ。
「来斗、らいと!母さんと逃げろ、家に入れ!そいつら、あの3人の父親だ!!」
父さんが叫ぶ。父さんと武藤のやりとりを寸分漏らさず聞こうとしていた母さんは、恐怖に顔をゆがめ、一歩も動けずにいる。
-やっぱり来た、確信はやはり確信だった!これが足りなかったピース!!
僕は心の中で叫んだが、このままでは僕も母さんも殺される。
「かあさん!!」
僕は母さんの手を強く引くと、家に向かって踵を返した。しかしもう車は背後に迫っている。
-間に合わないっ!!
突然、僕は背中を激しく突かれ、道路に叩き付けられた。ごろごろと転がったその拍子に、母さんが目に入る。
母さんは車のボンネットに乗っていた。その目は僕を見ていた。
“らいと”
母さんの唇が、そう動いたように見えた。
次の瞬間、車は母さんをボンネットに乗せたまま塀に突っ込んだ。
「あ、あ、あ・・ああ」
塀と車に挟まれた母さんが目に入る。言葉にならなかった。
「さとこっ!!」
父さんが走ってくる。武藤と安藤、若い二人の刑事もだ。
車から3人の男が降りてきた。手にはバットや鉄パイプ、バールを握っている。岡島、重田、上村の父親だった。3人は血走った目を見開いている。
「ううぉああああーー!!」
「があぁあーー!!」
「このガキぃいいー!!」
3人はそれぞれが奇声を上げながら僕に襲いかかってきた。僕は起き上がって体制を整え、すばやく後ろに下がる。そしてもう一度、母さんに目をやった。
母さんはもう、動かない。
-かあさん、またすぐに会える。ありがとう。僕を守ってくれて。
僕は母さんに感謝していた。さっきやられていればもう僕の計画は終わりだったからだ。
父さんたちが3人を取り囲む。武藤が叫んだ。
「岡島さん、重田さん、上村さん!やめるんだ!もう話は終わった。これ以上続ける必要がどこにあるっ!!」
上村の父親がそれに応える。
「何を言ってる!俺の息子はあれから人と喋れなくなったんだっ!!代わりにずっとなんかと喋ってる!くそ、くそぉおおっ!気が狂ったんだよっ!このガキが俺の息子を殴り殺したからだ!このガキのせいだ!!」
岡島と重田の父親も叫ぶ。
「武藤さん、あんたはもう、こいつらのことを殺したんだろ?それで満足したんじゃないか!?」
「俺たちはまだなんだ。今度は俺たちが満足する番なんだよ!! 」
武藤が若い二人の刑事に小声で告げる。
「ツリガミ、ヤマオカ、いいか?銃を使っていい、だがな、殺すなよ?」
ふたりは小さくうなずいた。
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つづく
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