第17話 黒主正平と武藤雅史
3度目の5月28日、彼らはまた黒主家を訪れる。
武藤雅史らと、そしてマスコミ。
惨劇はまた繰り返すのか?
だが、武藤雅史の正体は・・・
午前6時半。
父さんと母さん、そして僕は、身支度を整えて玄関を出た。太陽はとっくに昇っている。
道路に出ると、向こうに数名の集団が見えた。機材を持っている。カメラ、マイク、女性がふたりと男性が3人。マスコミだ。
父さんは、その集団を見ながら言った。
「あいつら、最初の3日間の最後の日、お前を殺した4人が特定された途端に取材に来たんだ。とんでもない連中だ。被害者の事なんて少しも考えていない。もっとも、父さんにも反省する点があったけどな」
「2回目は?」
「2回目もいたぞ?武藤たちと父さんたちの殺し合いを遠巻きに撮ってたよ」
「そうなんだ」
僕はこちらをチラチラと見ながら何か盛んにしゃべっているマスコミの連中を見ながら、内心喜んでいた。
-マスコミか、映像のプロだ。これから起きることをしっかり撮ってもらおう。
辺りを見回すが、予想した警察はいなかった。父さんは「これからかな?」と呟いている。すると、路地を曲がって向かって来る大きな車が目に入った。
「警察?じゃ、ないな。あれは武藤の車だ」
父さんはこちらに近づく車を見ながら唇を噛み締めていた。母さんの体は小刻みに震えている。きっと前回、ここで起こったことを思い出しているんだ。
「来斗、気をつけろ。前回は3人だったが、今回何人乗っているか分からない」
「うん」
車は僕たちの側で停車した。
マスコミがここぞと近づいてくる。父さんが悪く言うのも分かる、この人たちは、人の不幸が好きなんだ。
車のドアが開いた。運転席の後ろから武藤が降りてきた。運転席と助手席からは若い男。父さんの顔が強ばる。
「来斗、運転席から出てきた男、あれが父さんを撃った男だ。確かツリガミといったか。撃たれる前に両手の動脈を切った。助手席の男は頸動脈を切ったはずだ。多分二人とも死んでる」
父さんの言うとおり、若い二人は父さんの顔を見るなり怯えた表情を見せた。車にはもうひとり乗っているようだが、まだ降りてこない。
3人は、僕たちの前で立ち止まり、先に武藤が口を開いた。
「黒主さん、奥さん、それに来斗君、生きてますね」
「はい、そちらのお二人も」
父さんも同様に応える。母さんはさすがに武藤を見ることができない。
「あの後、私は後悔しました。あんな状況とはいえ、奥さんを殺してしまった。奥さん、申し訳なかった・・・おい、お前たちもだ」
武藤がうながすと、若い二人も頭を下げた。
「私らも、奥さんのことを引き離そうとしてひどい扱いをしました。ご主人があんなことをしたのも分かります。それにしてもご主人は強かった。私らはあっという間に負けたし、私は思わず拳銃を抜いてしまって、あなたを死なせてしまった。本当に申し訳ありませんでした」
意外だった。武藤はいきなり僕たちに襲いかかると思っていた。それに、父さんが殺したという二人も、自分たちを殺した相手が目の前にいるんだから、復讐しようとするのが普通だろう。だが違う。僕はこの場でまた殺し合いが始まると思っていたのに。
父さんの言うとおり、武藤は悪い男ではなかったのか。それとももっと特別な、なにか・・
二人が頭を上げると、武藤が口を開いた。
「ところで黒主さん、こないだの続きなんですけどね」
武藤の口調に怖いものが混ざる。しかしそれは、ほんの一瞬だった。
「私、あの後黒主さんのことをよく調べたんですよ。私はあなたに、堅気か?と聞いたはずです。もしあなたがその筋の人間だったなら、私が一番先に暴れていたと思いますよ」
父さんは武藤の目を真っ直ぐに見ている。何かを悟ったようだ。そして口を開く。
「武藤さん、もしかしたらあなた、警察官ですね?」
「えぇ、そうです。警視庁組織犯罪対策部、通称マル暴と呼ばれている部署に所属しています。階級は警部」
「やっぱりそうですか、最初の事情聴取から他の親たちとは違う感じがしていました。もちろん警察官だとは思いませんでしたけどね」
「それはそうでしょう、私も仕事柄こんな格好ですから、よく間違われます」
武藤は苦笑いを浮かべ言葉を続けた。
「しかし、私がなぜあなたに堅気かどうか確かめたのか、それは来斗君があまりにも手慣れていたからです。その、人を・・」
「人を殺すことに」
父さんは武藤が言い淀んだ言葉を引き継いだ。
「そうです。普通の中学生にあんなことができるなんて信じられなかった。もちろん私の息子がやったことも信じられない。しかしあれはただの、糞ガキの悪行です。でも来斗君のそれは、その道のプロの仕業だった。だから、もしかしたら親が反社会勢力か、もしくはもっとタチが悪い何者かで、来斗君はその影響下にあったのではないか、と疑ったんです」
-もし本当にそうだったら、あいつらはとんでもない相手をいじめていたことになるよ?
武藤の話を聞いて僕は心の中でつぶやいたが、あいつらは結局とんでもない相手をいじめていたんだと気づいて、ちょっと可笑しくなった。
「でもあなたは外科医だった。私の考えは間違っていたようですが、だがそれでも疑問は残る。なぜあなたたち親子はあんなに強いんです?」
武藤の横で、若い二人の警察官も興味津々のようだ。
「私たちは強いわけではありませんよ。ただ、人を生かすのが仕事の私は、どうすれば人が死んでしまうのかも、よく知っているんです。例えば、臓器の位置や血管の位置。手術で失敗できないことをあえてやるとどうなるか、ということです」
「では、来斗君は?」
「来斗は小さい頃から私の仕事に憧れていました。来斗は外科医になりたいんです。それは今も同じなんですよ。ですから私は、来斗が小さい頃から“人体の仕組み”を教えてきました。こうなると人は死んでしまうから、絶対に失敗しないように、とも」
「なるほど、それで来斗君はあれほど的確な致命傷を与えることができた、ということですか。しかし黒主さん、あなたの動きはどうなんです?あの、人の動きを読むような動き、あれは?」
「あぁ、外科医は意外とハードな仕事で、体力も精神力も並では駄目なんですよ。それで私、合気道を少々」
「合気道を少々であれ・・・ですか」
武藤は合気道と聞いて”そんなまさか”というような顔をしたが、すぐに表情を引き締めた。
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つづく
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