第16話 黒主来斗の決心
惨劇はまた起こる。それを止めようとする父。
だが、来斗の考えは違っていた。
この惨劇は止められない。いや、もっと大きくなる。
だけど、本当にそれを止めるなら・・
来斗は決心した。
3回目の5月28日、午前5時過ぎ。
僕の目の前に、母さんの作った朝食が並べられていく。
焼き立てのベーコンエッグが、バターを塗られたバゲットが、新鮮で色鮮やかなサラダが、いい香りのコーヒーが。
「なんか、うれしいな」
こんなの何年ぶりだろう。目の前に父さんと母さんがいる。
おいしい、バゲットのカリッとした食感と半熟の黄身、大好きだ。
本当に嬉しかった。
あいつらにいじめられて、脅される毎日。こんな幸せな朝がもっとあれば、きっと違う選択もできたのかな。
-そうか、選択ならまだできる。
僕はそう考えていた。この繰り返す3日間は、もう3回目だ。
これから何回繰り返すのか、僕には分からない。でもこの3日間のループがなければ、僕はただ死んでいたんだ。
このループのおかげで、今こうして幸せだ。
守りたい。この幸せを守りたい。
-そうだ、僕がやるんだ。この3日間を、守らなきゃ。
僕は決意した。
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「とうさん」
僕は半分かじったバゲットを皿に置いて、コーヒーを片手に何か考え事をしているような父さんに話しかけた。
父さんはハッとした表情で僕の方に向き直った。
「なんだい?」
落ち着いた口調だ。
「あのさ、今日、これからの事なんだけど」
父さんは深くうなずいた。どうやら同じことを考えていたようだ。
「とうさんは、この後どうするつもり?」
もう5時半をとうに回っている。これまでの3日間から考えると、警察がまず僕を捕まえに来るだろう。でも、僕は何もしていない・・まだ。
それに、もうあいつらを殺す気もない。僕はただ、この3日間の幸せを守れればいいんだ。それさえ分かれば、警察だって僕を逮捕できるわけはない。2回目のあいつらだって逮捕されていなかったんだから。
僕は、父さんにそのことを伝えたかった。
父さんは僕の目をまっすぐに見ながら、意を決したように話し出した。
「来斗、その事なんだけど、これからのことを考えるには、お前が知らない事を教えておかなきゃならない。2度目の3日間のこと、お前が自殺してからの話だ」
父さんの話は、僕の胸に突き刺さった。
僕のために、母さんがあの武藤の父親に挑みかかったこと。母さんは小柄で力は強くない。とても優しくて、父さんが忙しいことにも愚痴ひとつ言わず、父さんは立派な仕事をしていると、いつも言っていた。
その母さんがあの男に、武藤の父親に、殺された。
そして父さんは、武藤の部下らしい2人を殺したらしい。それがはっきり分からないのは、ひとりが拳銃を持ち出し、撃たれて先に死んでしまったからだ。
父さんは温厚な人だ。見た目は痩せているし、人を殺せるようにはとても見えない。でも、父さんは外科医なんだ。何時間も掛かる手術に耐える体力と気力がある。そう言えば、体力と集中力を鍛えるには合気道が一番だって、よく言っていた。それに人を生かす知識は、殺す知識でもある。それは僕が一番よく知っている。
父さんの知識を使って、人を殺したから。
そこまで話して、父さんは一番大事なことだから、しっかり聞きなさい、と僕に念押しした。
「いいか来斗、あの武藤という男、母さんを殺してしまった男だけど、父さんには悪い奴だと思えないんだ。最初のとき、あの男は自分の息子がしたことを必ず償うと言っていた。2度目はこの家まで来て、さっき話したようなことになってしまったが、父さんがあの男と話し合おうとした矢先、母さんが」
「かあさんが?」
それまで目を伏せながら話を聞いていた母さんは、口元を押さえながら立ち上がり、リビングから出て行った。
「逆上した母さんが、武藤の目を潰したんだ。それで武藤は母さんを殺してしまった。それを見た父さんは、もう何が何だか分からなくなって」
「武藤の部下を殺して、撃たれた」
「そうだ。でもな、武藤は最後まで叫んでたんだよ。父さんのことを殺すなって」
「でも、でもさ、結局あいつの親父はかあさんを殺してるし、なんであんなのが!悪い奴に決まってる!!」
僕は父さんの話を遮って叫んだ。ドアの向こうで母さんが泣いているのが分かった。
「そうだ、そうだな、そう思うよな。この悲惨な事態を最初に起こしたのはあの男の息子だからな。だから来斗、そこから後は、お前も、母さんも、父さんも、自分が殺されて、身内を殺されて逆上してしまった。でもな、あの男、武藤だけなんだよ。父さんたちと話をしに来たのは」
そこまで聞いて、僕の心にある思いが芽生えた。
-そうか、分かった。殺されたから殺す。それはループになるんだ。永遠に殺し合う無限ループだ。これは世界中で起きる。間違いない。それを断ち切れるのは・・
「だからこの3日間の初日、今日が一番重要なんだよ。きっと警察は来るだろう。いや、もう外に来ているのかもしれない。そして武藤、あの男は来る。だから今回はしっかりと話をしようと思うんだ。武藤は大けがだけど死んでない。私たち夫婦は殺された側だからね」
僕はまだ考えていた。
「そして、この3日間を何事もなく過ごしたいんだ。お前と、母さんと、父さんの3人で。それが父さんの考えだ」
父さんの考えはよく分かった。でも、でもきっとそれでは足りない。父さんには悪いけど、きっと今回も同じようなことになる。そしてそれは、もっと想像も付かないような・・・
僕はそう確信した。それは予知でも予言でもない。だが、必ず起きる。そのループを止めるために、今回僕が何をすべきか・・・僕はもう、決めた。
「分かったよ、とうさん、僕も同じような事を考えてた。とうさんの話を聞いてよく分かった」
「そうか来斗、じゃあ、今回は父さんと一緒に行こう!」
父さんは自分を奮い立たせるように言うと、僕の頭をくしゃくしゃにした。
嬉しそうだ。
-でもごめんね、とうさん、それでも僕は準備してから行くよ。ごめんね。
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つづく
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