第15話 黒主正平の決心
三度迎えた28日の朝、父母は息子の悪夢を断ち切るため、親子の時間を作る。
ひとときの穏やかな時間。
そして黒主正平は決心する。また起こるであろう惨劇を止めるのだ。
3回目の5月28日、朝4時。
私たち夫婦は来斗の部屋の前にいた。
3時20分過ぎに目覚めたが、二人でこれまでのこととこれからのことを話し合うのに、ずいぶん時間を使ってしまった。とにかく今は、3人で時間を過ごそう。
私はドアをノックして声を掛けた。
「来斗、起きてるか?入るぞ」
返事はなかったが、そのままドアを開け、来斗が寝ているベッドに近づいた。
やはり来斗は寝ている。が、その表情は穏やかとはいえない。聡子のうなされ方ほどではないが、やはり悪夢を見ている顔だ。
私は来斗の両肩に手を置いて、やさしく揺すりながら話しかけた。
「らいと、らいと、もう大丈夫だぞ。もうその夢は見なくていいんだ。さぁ、目を覚まして」
「ん、うん、とうさん」
来斗はゆっくり目を開けて、私と、私の後ろから心配げに見ている聡子の顔を確認すると、急に泣き出した。
「とうさん!かあさん!ぼくは、ぼくはどうしたの?やっぱり生きてるの?」
「ああ、生きてる、生きてるぞ!さぁ、起きなさい。久しぶりに3人で朝ご飯を食べよう」
来斗はまだ流れる涙を拭っているが、大きく2回、うなずいた。
朝5時過ぎ。身支度を整えた聡子は、台所で朝食の準備をしている。ベーコンエッグだ。この光景を見るのは3回目になる。
私はベーコンエッグを焼く聡子の笑顔を確認して、来斗に聞いてみた。
「来斗、おまえはこれが3回目の5月28日の朝だって、分かってるな?」
来斗は少し考えて答えた。
「うん、分かってるよ。2回目の時は曖昧だった。夢かと思ったんだ。でもさ、とうさんとかあさんの様子を見て、夢じゃないって分かったよ。最初の28日、僕はあいつらに殺されたし、2回目の28日はその時間が巻き戻ったんだって。絶対そうだって思った」
-やはり子供はこういったことをすぐに受け入れるのか、大人ではそうはいかないけどな。
「そうか、それでおまえはあの子たち、自分を殺した4人に復讐した」
「うん、でも復讐とはちょっと違うかな。これまであいつらにされたことは許せなかったけど、それはもうどうでもよくて、あの瞬間をあいつらにも感じさせたくて」
「あの瞬間?」
「うん・・・死ぬ瞬間」
死ぬ瞬間。来斗の口から出た言葉を聞いて、私も納得した。そうだ、私も死んだんだ。その瞬間を私も知った。そして聡子も。
「よく分かるよ、来斗。とうさんもよく分かる。そしてな、かあさんも分かるはずだ」
「え?」
来斗はまだ、私たち夫婦と武藤たちが殺し合ったことを知らない。きちんと話して、今日これから起こるだろう事に対処しなければ。
「ふたりともご飯前よ!?そんな話やめて、さぁ!食べましょ!!」
聡子が焼きたてのベーコンエッグをテーブルに並べている。
白身の縁とベーコンがカリカリに焼けたベーコンエッグが湯気を上げている。黄身は美しい半熟、確か有名なブランド卵だ。それにカラフルな野菜サラダ、しっかりトーストされたバゲットにバターが溶けて、そして淹れたてのコーヒー。
最初の朝、私はこの朝食を味わいもせず食べ、急いで仕事に出掛けた。来斗が食べたかどうかは分からない。そして2度目の朝は、ベーコンエッグが真っ黒に焦げていた。
うまそうな朝食、久しぶりに感じる。この感覚は。
来斗がつぶやいた。
「なんか、うれしいな」
朝の食卓を囲む家族。にこやかにコーヒーのおかわりを入れる妻。半熟の黄身をバゲットで掬うけど上手くいかずに手を汚す息子。口元にも黄身が付いている。いつまでも子供だなぁ、と軽口を叩く私。何も変わりはしない、いつもの我が家。
では、ない。
この数年、仕事の忙しさにかまけてこんな風に食事をしたことはなかった。
家のことは聡子にまかせていた。来斗のこともだ。
こんな家族の時間をもっと大切にしていれば、来斗のことも私がちゃんと見ていれば、あんなことにはならなかったのかもしれない。
そして長い長い、地獄のような3日間の繰り返し。
その間に息子は2度死に、私も聡子も死んだ。
でも待てよ?もしかしたら、この3回目の3日間で、やり直せるんじゃないか?この3日間が何事もなく過ぎさえすれば。
私はコーヒーを飲みながら、そう考えていた。
-そうだ、これから起こることを、なんとしても防がねば。
私は、そう心に誓った。
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つづく
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