第10話 ふたりの影
店を出た二人はまた襲われた。
マネージャーの榊に救われたふたりは一時の平穏に包まれる。
だが、そのあとふたりが天空に見たものは・・
ひろみが叫んだのは、男の名だった。
「いゃぁあああっ!お願いっ!榊さん、榊マネージャぁあああ!!」
その名の男は、ひろみの願いに即座に応える。
「ほいっと。ようやくオレの出番ですかぁ」
路地の暗がりからひとりの男が出てくる。男はふいっと後ろを向いて「お前らはいいよ、俺だけな」と声を掛けた。どうやら、あとふたりは居るらしい。
コムはナイフを真也の手の平から引き抜くと、男に向かって突き出す。
「なんだ?あ~ぁあ、あの店のマネージャーさんじゃない。なに?じゃますんの?じゃあこいつと同じようにしてやるよ。あんた・・」
最後まで言い終わる前に、コムの後頭部に衝撃が走った。
「も・・・ああ?」
後頭部を触ったコムの手に、べっとりと血糊が付く。榊は瞬時にコムとの間を詰め、伸縮警棒で一撃を見舞っていた。
「うっへぇ・・・あぁあああ・・・」
悲鳴を上げる間もなく、コムはあっさりと地面に這いつくばる。榊はユッキーに目線を送り、わざと小さな声で「おいお前、やんの?」と聞く。その質問が終るのを待たず、ユッキーはもつれる足で逃げ出した。
「おい、一匹逃げた。やっぱ頼むわ」
榊が声を掛けると、暗がりからふたりの男が飛び出してユッキーの後を追った。それを見届けた榊は、ひろみと真也に目を向ける。
「ひろみちゃん、なぁんでもっと早く呼ばないんだよ。オレたち待ちくたびれちゃったよ、出番ないかと思ったわ」
「だって真也は・・・強いから」
「ああ、ホントだなぁ。5人を相手にして3人ぶっ倒して、4人目もやりそうだったもんな」
榊はそう言うと、ふふっと笑い、まだ起きられない真也の顔の前にしゃがみ、耳元で囁いた。
「兄さん、真也って言った?ホントに強いねぇ。なぁ、良かったら、うちに来ないか?オレが面倒見てやるぞ?」
ひろみには聞こえないほどの小さな声だ。真也は即座に答える。
「あ、ボクは大丈夫です。あと、助けていただいてありがとうございました」
「ぷっ!!そうかっ!わぁっはっはっはっ!兄さん、いい答えだ!!」
真也の答えを聞いた榊は勢いよく立ち上がると、さも楽しげに笑った。
「そうだっ、真也!そうじゃなきゃひろみちゃんとは付き合わせてやれねぇ!」
榊はそう言うと、真也を見下ろして更に言った。
「そうさ、うちのひろみちゃんと付き合うなら、堅気じゃねぇとな」
ひろみは恥ずかしそうに笑っている。真也も笑った。手の平は痛かったが。
結局、逃げたユッキーも捕まり、五人はどこかへ連れて行かれた。コムたちは最近この辺りでオヤジ狩りを始めた一団で、榊たちは対応を考えていたらしい。
捕まったコムたちがいったいどんな目に遭うのか、想像したくもない。
真也の手の平は重傷だったが、榊から医者には行くなと言われた。行けば傷跡からすぐに傷害事件を疑われて通報される。それよりも時間が戻るまで待て、そういうことだった。
ひろみと真也は、薬局で消毒薬と痛み止めを買い、ひろみのアパートに向かった。
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今日は3回目の5月29日、そろそろ昼に差し掛かる時間だ・・と思う。
昨日はコムたち5人に襲われて3人は倒したけど、コムが投げたモップに足を取られて、倒れ込んだ僕はユッキーってヤツに押さえ込まれて、コムに手の平を刺された。
痛かった。でもそれより、ひろみのことが心配だった。もしあのままひろみに何かされてたら、僕はあいつらを・・・殺してたかも。
ひろみのアパートで、僕は熱を出してしまった。手の平は刺された時より痛くて、そして熱かった。ひろみはずっと僕の傍に居てくれた。頭を胸に抱いてくれた。背中をさすってくれた。冷たい水を持ってきてくれて、食べやすいものを作ってくれた。
えっと、なんだったかな?玉子サンドだったかな?
美味しかったな。熱に浮かされてたけど・・美味しかった。
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「しんや、しんやっ・・真也っ!」
「え?ひろみ?ああ、玉子サンド作ってくれてありがと、美味しいよ?」
「え?玉子サンド?今無いよ?それにあれ、ローサンのヤツだよ?」
「え?うそ、コンビニの?・・・えっと・・え?今、何日の、何時?」
「もう~、今日は29日!昨日はず~っと寝てたでしょ?熱が高くて、夜も起きなくて・・今日の朝もちょっと起きたと思ったら、玉子サンド食べてまた寝たじゃん。痛み止めをずっと飲んだからかな、今はどう?」
ひろみはそう言うと、僕の額に自分のおでこを当てて「うん、大丈夫そう」と笑った。僕はその笑顔を見て、心底安心した。あいつら、コムたちもまた28日に戻るだろうけど、榊さんたちに躾けられているだろうから、もう来ないだろう。
”ぐぅううううう”
僕の腹が派手に鳴った。
熱が引いて、痛みも少し治まって、安心したらお腹が空いた。それはひろみも同じだったようだ。
「ねっ!真也、ご飯食べに行こうよ!!美味しいヤツ。何がいい?」
「う~んっと、なんか、チキンって気分かな!あ、でも両手が使えないと食べにくいか」
「いいじゃん!チキン、私が食べさせてあげるし!」
ひろみと僕は、顔を見合わせて笑った。
”ぐぅうう”
また腹が鳴った。
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3回目の5月29日、昼の12時過ぎ。
派手な老人が出迎えるフライドチキンの店に入ろうとして、ふたりは立ち止まった。ふたりのスマホがけたたましく鳴り出したからだ。
「え?なにこれ、すっごくうるさいんだけど!」
「これ警報だよ。ほら、最近さ、訓練とかもするでしょ?あのミサイルのヤツ」
「あぁ~あ、あの隣の国がミサイル撃つときの警報だよね。うん、Jアラート」
ひろみがスマホの画面を見て、その警報を読み上げた。
「えっとね、Jアラートね。ミサイル発射、ミサイル発射、K共和国からただ今ミサイルが発射されました・・・ええっ?」
真也もスマホを確認する。Jアラートは複数着弾の可能性を伝え、その警戒対象はほぼ全国に渡っていた。
「そんな、こんなことって・・ひろみっ!こっちに来て!」
「え?これって訓練じゃないの?訓練なんでしょ?」
ひろみを抱き寄せた真也は、辺りで一番大きなビルに向かって走った。だが他の人々も同じ考えのようで、ビルの入り口に人が集まって入れない。
「あ・・・真也、あれ見て」
ひろみが指差す遠くに見えたのは、禍々しく湧き上がる雲だった。最初低かった雲は見る間にその高度を増し、真っ黒な輪郭の中に紅い縁取りが見える。
「あれは・・・キノコ雲」
「しんや、私、こわい」
ひろみがそう口にした瞬間、ふたりの頭上にもうひとつの太陽が現れた。
「しんやっ!!」
ひろみは真也にしがみつき、両腕で真也の頭を掻き抱いて、そしてキスをした。
ふたりの影はひとつになって、ビルの壁に染みついて、燃えた。
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つづく
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