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第1話 始まりの日

このお話は、パワハラに悩む女性、中学生の少年、理論物理学者、夢を叶えるため懸命に生きる女性、彼らと彼らを取り巻く人々の物語。

この夜を境に、世界の人々は終わりのない世界に囚われます。


それでは、どうぞ。

久高麻理子くだかまりこの始まり


 5月28日 午前3時過ぎ。


「こんなに綺麗な星って、東京で見たことあったかなぁ」


 夜も明るい都会では珍しい、美しい星空。

 それを私は見上げたまま。


 瞬間、星空は私の視界を下から上に飛び去って行く。


 都会に広がるおびただしい街の灯、ネオン、建物に刻まれた四角い灯り。 

 赤く、青く、白く飛び去り、もう見分けがつかない。

 そして目に入る、光の洪水のように流れる車たち。

 それらは全て光の記憶として私の瞼に刻まれて、その速度を上げていく。


 そして訪れる暗闇。


 恐怖はなかった。私は涙が溢れないように、ただ星空を見上げていただけ。そしてただの一歩を踏み出せば、私にできることはただのひとつだけになる。


 それは、流れ行く光の種類を数えること。

 涙に滲んだ光たちを。


 それだけ。


 だったはず。

 

 でもなぜ?

 私はなぜ、またこの光たちを数えてるの?


 何度も、何度も。


 あぁ、これはきっと夢。

 夢なのよ。

 それにしてもなんてひどい。


 悪夢だわ。



黒主来斗くろすらいとの始まり


 5月28日、朝7時。


 僕は目を覚ました。たくさんの夢を見ていたから、まだ夢の中のようだ。


-まだ夢の中だったらいいのにな。


 今日も学校に行かなきゃ。あいつらが待ってるから、僕が来るのを。


 お金は用意できなかった。

 もう限界だ。


 最初は財布から、次はカードで、親の目を盗んでは現金を手に入れる。

 そんなの、続くわけない。もう親にもばれてる。


 僕は苦いものが喉に張り付いているのを感じながら、時間を掛けて体を起こした。

 行かなきゃもっとひどいことになる。あいつら何するか分からないんだから。

 でも、もう言おう。もうお金は無理だって。

 あいつらにまた殴られるかもしれないけど、それできっと終わりだ。


 きっと、終わるよ。


 来斗はそう考えながら、無意識のうちに親指の爪を噛んでいた。考え事をするときや緊張したときに出る癖だ。小さい頃から親にはよく注意されている、悪い癖だった。


 気がつけば時計の針は7時半を回っている。これから起こることを考えすぎたようだ。もう降りなくちゃ。


「おはよう」


 母さんは目玉焼きとベーコンを焼いていた。いい香りだ。

「おはよ、朝はベーコンエッグだけど、パンにする?ご飯にする?」


 食欲はなかった。この後学校で起こることを考えると、喉が詰まる。

「うん、牛乳が飲みたいな、あと、ベーコンエッグだけでいいよ」

「そうなの?うん、いいけど」


 母さんは怪訝な顔をしたけど、それ以上の詮索はしなかった。

 いくら朝でも、男子中学生が牛乳だけじゃ不自然だ。

 僕は、焼きたてのベーコンエッグを冷たい牛乳で喉に流し込んで、学校に行く準備を始めた。


-父さんはもう出掛けたのか。いつも朝、早いからな。


 ベーコンエッグは、美味しかった。


 さぁ、もう学校に行かなくちゃ。



藤間綾子とうまあやこの始まり


 5月28日、午後3時、東大コンベンションスペース。


 午後1時から始まった学会はすでに中盤を過ぎて、2つの大学がプレゼンテーションを終えていた。


-ふぅ、今のはちょっとつまらなかったわね。寝ちゃうかと思った。


 東大理学部の教授である理論物理学者、藤間綾子はため息をついた。

 今回東大の発表は学会の最後に控えているが、綾子は今日、その担当ではない。別の教授チームの発表だからだ。


-マルチバースと高次元ブレーン宇宙の関係性・・この分野の研究もずいぶん進んだけど、ちょっと停滞よね。だって、検証できない学説だから、いくら研究しても数学上の理論物理学と思考実験の繰り返しでしかないんだもの。


 綾子はもう一度ため息をついた。


-そうね、セレンの研究と実験の成果は偉大だけど、ここまでが限界。人類の英知っていうのも、そろそろ限界なのかも。


 目頭に親指と人差し指を食い込ませ、軽く頭を振ると、綾子は表情を引き締めて前を向いた。


-だめだめ!私たち科学者が思考を停止したら、この世界も停止してしまう。京都の竹山さんや沖縄の浜比嘉さんに怒られちゃうわ。それに、あのシステムがもうすぐ本格稼働する。


 そしたら・・・


 そしたら。


 綾子はもう一度、壇上で声を上げるプレゼンテーターに目を向けた。どこかで聞いたような理論を用いた研究だなぁ。


 つまんない。と思いながら。



狩野ひろみの始まり


 5月28日、午前3時20分過ぎ。


 男が私の上で呻いている。


 3時に入ってきて、さっきまで他愛ない話をしてあげてたんだけど、ずいぶん緊張してたなぁ。女の子と話したこともあんまりないんだろな。


 なんだろ?一生懸命カッコつけてるんだけど、なんか噛み合わないんだなぁ。やっぱり経験がないからかな?


 ぜんぶ想像でお話ししちゃってるのよね。


 でも、こんな時間にこんなお店に来るんだから、きっと先輩とかに煽られたんだろな、で、色んな知識?みたいなのを教えられたんだ。お酒も入ってるみたいだし、その勢いもあるのよね。


 おっ!いいぞ、うんうん、青年、もっとがんばりたまえ。お姉さんは君みたいな童貞くん、キライじゃないぞ?


 20歳くらいかなぁ、大学生?どちらにしても私より絶対若いわ。私も、もう26歳だもんな~、アラサーとか言われちゃう歳なんだもんな~


 よしよし、一生懸命動いてくれてるんだから、お姉さんもちょっとサービスして、声も上げちゃう!


 あ、動きが変わったみたい。お姉さんの大サービスが効いたかしら?


 ほら、がんばれがんばれ!


 これから君の未来が開けるんだから、お姉さんも君のお手伝いできて、うれしいよ?


 お?おお?!


 おおおおおっ!!


 よしよし、がんばったじゃないか。えらいえらい。


 男は私の上ではぁはぁと息を切らしている。そうだ、君は今夜、少年から大人になったのだ。


 それにしてもこの子、私の胸で目を瞑っちゃって・・・


 うふふ・・・かわいいっ!


 さぁ、もうすぐ4時だ。そろそろ私も上がる時間。


 じゃあね、部屋を出て行く君。

 もう二度と会わないと思うけど、今度は彼女さんとするんだぞ?


 私も午後は学校だから、早く帰って寝なくちゃ。


 夢があるんだもの・・・私にも。



つづく




お読みいただいて、ありがとうございます。

毎日1話の更新を予定しています。

よろしくお願いいたします。


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