異世界反証論II:虚構迷宮の証明 Part5
第7章:時計仕掛けの真実
薄暗い部屋の中央に鎮座する時計仕掛けの装置は、異様な存在感を放っていた。歯車が絶え間なく回転し、金属が擦れる音が微かに響いている。その中心には一つの文字盤があり、針は何もない数字の上をゆっくりと進んでいるように見えた。
僕はその文字盤を凝視し、ふと疑問を抱いた。
「何もない……のか?」
針が指し示しているのは、確かに何も書かれていない場所だ。しかし、目を凝らすと微かな線が見える。僕は手を伸ばし、文字盤の表面を指でなぞった。
その瞬間、部屋全体が揺れ始めた。
装置の発動
「また始まったか……!」
揺れは徐々に強まり、部屋全体が歯車のように回転を始める。床がずれ、天井の模様が螺旋を描いて動いていく。時計仕掛けの装置は、まるで心臓のように脈打ち始めた。
そして、文字盤の中央がぱかりと開き、そこから一本の鍵が浮かび上がってきた。鍵には不思議な模様が刻まれている。それを手に取ると、鍵が温かく、何かを導くような力を持っていることを感じた。
「これは……何の鍵だ?」
セリスからの問いかけ
「それは“存在を開く鍵”よ。」
不意に声が響き渡った。振り返ると、セリスが再び立っていた。彼女はまるでこの部屋の一部であるかのように、自然にそこに存在している。
「君か……また出てきたのか。」
「私はいつもあなたの側にいるわ。」セリスは微笑んだ。「ただ、あなたが私の存在に気づくかどうかは別だけれど。」
「存在を開く鍵、か。その意味は?」
「その鍵は、あなた自身の選択によって意味が変わるの。」
「また選択か。」僕は眉をひそめる。「選択しないことが正解だったはずだ。それなのに、また僕に選択を迫るのか?」
セリスは小さく肩をすくめた。「選択しないことで世界を否定し続けることもできるわ。でも、それが本当にあなたが求めている道なの?」
「……何が言いたい?」
「この鍵を使えば、あなたは“存在”の核心に触れることができる。でも、その扉を開くことで失うものもあるわ。」
「失う?」
セリスは冷たい目で僕を見つめた。「今のあなたが知っている“自分”を失うかもしれない。それでも、この扉を開く覚悟はある?」
扉の発見
部屋の奥にもう一つの扉が現れた。それは今まで見たどの扉よりも巨大で、不気味だった。扉全体が金属でできており、無数の歯車が埋め込まれている。その中央には鍵穴があり、僕が手にしている鍵とぴったり合う形をしている。
扉の上には、文字が刻まれていた。
「存在とは何かを問う者よ、この扉を開け。」
僕は鍵を握りしめ、セリスを見た。
「もしこれを開けたら、何が待っている?」
「それは私にもわからないわ。ただ、あなた自身が選択した結果が形を取るの。」
「つまり、これは僕の意志を試している……?」
セリスは黙って頷いた。
決断の瞬間
僕は鍵を扉に差し込み、深く息を吸った。
「もう迷っても仕方がない。ここまで来たなら、進むしかないだろう。」
鍵を回すと、扉全体が激しい音を立てながら開き始めた。その中から眩い光が溢れ出し、僕は目を閉じるしかなかった。
光の中から声が響いてきた。それは僕自身の声だった。
「お前は誰だ?」
存在の問い
目を開けると、そこにはまた「僕自身」が立っていた。虚構迷宮で対峙した僕と同じように、目の前の存在は僕そのものだった。ただし、今回は違う。
目の前の「僕」は、まるで全てを見通しているかのような目をしていた。
「君が僕に問いかけているのか?」僕は慎重に言葉を選ぶ。
「いや。」目の前の「僕」は首を振った。「お前が自分自身に問いかけているんだ。」
「僕が僕自身に……?」
「そうだ。存在とは何か。この扉を開いたことで、その答えに触れられると思ったのか?」
その問いに、僕は言葉を失った。目の前の「僕」の言葉は真理そのものだった。この旅の中で、僕は自分が何者なのか、そして何を求めているのかを問い続けてきた。
「僕は存在を否定してきた。それが正しい道だと思ったからだ。」
「だが、それで本当に満足しているのか?」
目の前の「僕」の言葉に、僕ははっとした。否定を続けること。それは、何かを肯定するよりも簡単な道だったかもしれない。
「僕は……」
存在の選択
目の前の「僕」は続ける。
「お前は今、二つの選択肢を前にしている。存在を否定し、全てを虚無に帰すか。それとも、自らを肯定し、この世界に存在する理由を探し続けるか。」
「どちらを選べば正しいんだ?」
「正しいかどうかなんて関係ない。お前がどちらを選ぶかで、この世界の形が決まるだけだ。」
僕は目を閉じ、深く考えた。この選択は、今までのどの選択よりも重い。だが、僕には一つの答えが見えていた。
「僕は……」
続く道
光が消え、僕の周囲に広がるのは再び草原だった。
だが、それは以前の草原とは違って見えた。空の色が深く、風の音がどこか静寂を伴っている。僕が選んだ道が、この新たな世界を形作っているのだろうか?
「選んだのね。」セリスがどこからともなく現れ、穏やかに微笑む。
「僕が選んだ道は正しかったのか?」
「それを決めるのはあなたよ。」彼女はそっと歩み寄り、僕の肩に手を置いた。「でも、一つだけ教えてあげる。この世界がどうであれ、あなたが存在している限り、それが全てよ。」
僕は遠くの空を見上げた。
新たな冒険が待っている。そのことだけは確信していた。
(続く)