異世界反証論II:虚構迷宮の証明 Part4
第6章:草原の裏側
一歩を踏み出すたびに、足元の草の感触がやけにリアルに感じられる。風の匂い、空の広がり、全てが確かに「現実」だと思わせるような世界だった。
だが、疑念は消えない。
草原の中心には一本の巨大な木がそびえていた。樹齢何百年にも思えるその木は、どこか神々しさを感じさせる。僕はその木に向かって歩き出した。
「さて、次は何が待っている?」
自問するように呟いたが、答える者はいない。迷宮のセリスはもういないはずだ。だが、彼女の言葉がまだ頭の中に残っている。
「あなたがどう捉えるかで、それは現実にも虚構にもなる。」
この草原が現実だという保証はない。逆に、虚構だとも言い切れない。
木に近づくにつれ、その根元に何かが置かれているのが見えた。それは、黒いノートと一本のペンだった。
ノートのメッセージ
ノートを拾い、表紙を開くと、そこには最初のページに一言だけ書かれていた。
「ここから先は、お前が書け。」
「……どういうことだ?」
僕は次のページをめくったが、そこには何も書かれていない白紙が続いている。さらにその次のページも、またその次もだ。
しかし、ノートの端が光を放ち、ペンが手元に吸い寄せられるように浮かび上がった。
「僕に書けって……何を?」
疑問を口にした瞬間、頭の中に言葉が浮かび上がった。
「お前が書いたものが、この世界を決定する。」
書くべきものとは
僕はペンを持ちながら、ノートに何を書くべきかを考えた。
ここに何かを書けば、この世界がその通りに変わるのかもしれない。だが、それは僕の「想像」が現実を支配するということだ。
「なら、これもまた虚構の世界か?」
だが、違和感がある。このノートに書いたものが現実になるとしたら、僕が虚構を作り出す存在になるということだ。それが真実ならば――僕は一つの可能性を理解した。
「この世界が僕の作り出したものだとしたら?」
思考が巡る。もしこの草原が、先ほどの迷宮も含めて僕の意識が生み出したものだとすれば、すべての謎が説明できる。虚構も現実も、この世界の「ルール」も、すべて僕が書いたノートによって変えられるのなら――。
選択する自由
「書くものが僕自身の運命を決めるなら、僕は何を書けばいい?」
ノートを握りしめ、僕は考える。
もしこの世界が虚構だと証明したいなら、「この世界は虚構である」と書けばいい。逆に、現実であると信じるなら、「この世界は現実だ」と書くべきだ。
だが、どちらの言葉を選んでも、それが真実かどうかを確かめる術はない。
そして、僕は気づいた。この選択そのものが、迷宮の試練の延長だということに。
「もう試されるのはうんざりだ……」
僕はペンを握り、ノートに一言だけ書き込んだ。
「ここには何も書かない。」
ノートの崩壊
僕が書き終えた瞬間、ノートが震え始めた。その表面に書かれた言葉が消え、白紙のページが風に吹かれるように散り始める。
草原全体が揺れ動き、空が暗くなっていく。地面が裂け、無数の光が溢れ出した。
「やはりそうか……」
僕が何も書かないことを選んだ瞬間、この世界は存在そのものを否定し始めた。虚構であることも現実であることも、この世界が自らを語る術を失ったからだ。
セリスとの再会
消えゆく草原の中で、再びセリスの姿が現れた。彼女は、どこか嬉しそうな、それでいて寂しげな表情を浮かべている。
「あなたはこの世界を否定したわ。」
「僕が何も書かなかったからだ。」
「そうね。でも、書かなかったこともまた一つの“選択”。それがこの世界の終焉を招いたの。」
「つまり、僕が選ばないという選択肢を選ぶたびに、世界は壊れるということか?」
セリスは小さく頷いた。
「選ばないことは、可能性そのものを否定すること。それがあなたの進む道だとしたら、全ての世界が終わりを迎えるわ。」
「皮肉だな。選択が求められる世界で、選ばないことが最大の選択肢になるなんて。」
セリスは微笑み、少しだけ目を細めた。
「でも、あなたはそれを続けるつもりなのでしょう?」
僕は何も答えず、ただ彼女を見つめた。
「それなら、次の世界でお会いしましょう。」
彼女の声が消え、世界が完全に崩壊していく。
新たなる始まり
目を覚ますと、僕はまた別の場所にいた。
今度は薄暗い部屋だ。壁には奇妙な文字が刻まれ、部屋の中央には時計仕掛けの装置が鎮座している。
「またかよ……」
僕は苦笑し、装置に近づく。そこにはプレートがあり、こう書かれていた。
「選択は必ずしも正しいとは限らない。しかし、選ばないこともまた一つの選択である。」
僕はプレートを撫で、深く息を吐いた。
「これが続く限り、僕は進み続けるしかないってことか……」
そして、僕はまた一歩を踏み出した。
(続く)