異世界反証論II:虚構迷宮の証明 Part3
第5章:無限の扉
扉を開けた瞬間、強烈な光が視界を埋め尽くした。
僕は本能的に目を閉じ、手を前に伸ばして進む。光が次第に薄れ、目を開けると、そこには想像を超える光景が広がっていた。
無限に続く空間。その中に浮かぶ無数の「扉」。それぞれの扉には異なる模様が刻まれ、異なる光を放っている。空間全体が静寂に包まれながらも、どこか息づいているような感覚を覚えた。
「ここは……?」
セリスが、僕の隣に現れた。
「ここは“無限の扉”。すべての可能性、すべての未来が収束し、交わる場所よ。」
「つまり、これらの扉のどれかがゴールってことか?」
「違うわ。」セリスの声はいつも以上に冷たく響いた。「これらの扉はすべて虚構。どの扉も、真実を保証するものではない。」
「じゃあ、どうしろって言うんだ?」
「あなたの役目は、どの扉を選ぶべきかではない。“なぜ扉を選ぶ必要があるのか”を考えることよ。」
扉の誘惑
僕は周囲を見渡し、一つの扉に目を止めた。それは他の扉よりも大きく、明るい光を放っている。扉の表面には、こう書かれていた。
「君がここを出られる唯一の道。」
「随分わかりやすいな。」僕は苦笑する。
「迷宮が親切だと思う?」セリスが皮肉っぽく返す。
「確かにそうだな。」僕は扉に近づき、そっと手を伸ばしたが、途中で動きを止めた。
「これが“唯一の道”だというなら、なぜ他の扉が存在する?」
扉が唯一だと主張すること自体が、逆に不自然だった。
「他の扉には何が書かれているんだ?」僕は隣の扉に目を移した。
その扉にはこう書かれていた。
「ここを選べば、君の存在は虚無になる。」
さらに別の扉には、
「この扉の先には、真実も虚構もない。」
そして、ある扉にはただ一言、
「ここには何もない。」
無数の扉がそれぞれ異なる言葉で誘惑し、あるいは脅してくる。だが、それらが本当に僕を導くものなのかは、全くわからない。
問いかけるセリス
「さて、どうするの?」セリスが微笑む。
「どれを選んでも、それが正しいかどうかなんて証明できない。だとすれば……」
僕は考えた。扉を選ぶ行為そのものが、迷宮の罠ではないのか?
「この迷宮が求めているのは、僕が“選択”をすることそのものだ。」
「どうしてそう思うの?」
「迷宮は“僕の存在”を試している。そして、僕がどの扉を選ぶかという行動そのものが、“僕がこの迷宮に従っている”ことを証明することになる。」
セリスの目が輝く。「いい考えね。それで、どうするの?」
「僕は……どの扉も選ばない。」
選択しないという選択
僕はその場に座り込んだ。セリスが少し驚いたように僕を見下ろしている。
「扉を選ぶこと自体が、虚構を信じる行為だ。この迷宮にとって最も不都合なのは、僕が迷宮のルールそのものを否定することだ。」
セリスはしばらく僕を見つめていたが、やがて大きく笑った。
「面白いわ。本当に面白い。」
「君の言葉だって、この迷宮の一部だろう?僕を扉に誘導するための。」
「ええ、そうかもしれないわね。」セリスは肩をすくめた。「でも、私の言葉を信じるかどうかを決めるのは、あなたよ。」
僕は目を閉じ、深く息を吸った。そして静かに言った。
「扉なんてものに縛られる必要はない。僕はここにいる。それが全てだ。」
迷宮の崩壊
その瞬間、空間全体が震え始めた。無数の扉が音を立てて崩れ、光の粒となって散っていく。空間が揺らぎ、僕の周囲からすべてが消えていく。
「素晴らしいわ。」セリスが静かに言った。「あなたはこの迷宮のルールを完全に否定した。それが正解よ。」
「これで終わりか?」
「ええ、少なくともこの迷宮ではね。」
彼女の声が薄れていく。僕の視界は白い霧に覆われ、次第に意識が遠のいていく。
目覚め
僕は目を覚ました。
目の前には、広大な草原が広がっていた。青い空と穏やかな風。迷宮とは違う、現実らしい感触がそこにあった。
だが、僕は疑問を抑えきれなかった。
「ここも虚構じゃないとは言い切れないよな……」
その時、どこからかセリスの声が聞こえた。
「そう思うのも無理はないわ。でも、あなたがどう捉えるかで、それは現実にも虚構にもなる。」
僕は微かに笑い、草原を見渡した。
「だったら、確かめてみるさ。この世界が何なのかを。」
そして、僕は一歩を踏み出した。
(続く)