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異世界反証論II:虚構迷宮の証明

あらすじ:

主人公・折木遙は、「存在の反証」に成功して牢を脱出するも、次に辿り着いたのは無数の分岐点が存在する異世界の「虚構迷宮」。ここでは現実と虚構の境界が曖昧で、進むごとに彼の「記憶」や「認識」が書き換えられていく。

折木は迷宮の核心に到達するため、「自分が今いる世界が現実である」という証明を否定しなければならない。

第1章:虚構の扉


目を開けた瞬間、僕は違和感に気付いた。


「また……か。」


前回の牢獄と似ている。いや、同じと言っていいほどだ。だが、周囲を見渡すと、その違いに気づく。石壁の代わりに、無数の鏡のようなガラス板が乱雑に立ち並び、光が複雑に反射している。鏡に映る僕の姿は、どれもわずかに異なって見える。


「ここは……鏡の迷宮?」


そう呟いた僕の声が、何重にも反響して返ってきた。


鏡の間に立つ僕の目の前に、一枚のガラス板が滑るように降りてきた。そこには見覚えのある言葉が浮かび上がっている。


「君がここに存在する確率は0.0000001%だ。」


前回、牢獄で読んだ立方体の文字と同じだ。だが、それ以上の意味がある気がする。この迷宮の中では、この言葉こそが鍵となるだろう。


その時、不意に背後から声がした。


「ようこそ、『虚構迷宮』へ。」


振り返ると、そこには少女が立っていた。年齢は10代後半だろうか。短い金髪が光を受けて輝き、彼女の瞳は冷たい灰色をしている。その背丈は小柄だが、その存在感はこの迷宮と同じくらい謎めいていた。


「誰だ?」


彼女は微笑む。その表情には、どこか挑発的なものが含まれている。


「私はセリス。この迷宮の案内人。そして、あなたがここで消える運命を見届ける者よ。」


「消える、ね……。随分物騒な案内人だな。」


彼女は笑わない。ただ冷たい目で僕を見つめ続けた。


「ここに存在するためには、あなた自身が“本物”であることを証明しなくてはならない。この迷宮は虚構でできている。そしてあなたも、もしかしたら――ただの虚構かもしれないわ。」


虚構か。本物か。それを証明しろと?


「つまり、君が言いたいのは、僕が本当にここにいるかどうかを確かめろってことか?」


「その通り。そしてその過程で、あなたは“ここ”が何なのかを理解し、最終的には自分の存在そのものを問い直すことになるわ。」


セリスの言葉は、まるで詩のように響いた。だが、僕にとってはただの謎かけに過ぎない。


「君が案内人なら、何かヒントくらいくれるんだろう?」


「ええ、もちろん。」彼女は手をかざし、無数の鏡の一つを指さした。


「この鏡を覗いてごらんなさい。」


第2章:鏡の中の真実


セリスの指示に従い、鏡を覗き込むと、そこには僕の姿が映っていた。だが、よく見ると奇妙な点に気づく。


「これは……?」


鏡の中の僕は、僕が覚えている自分の姿ではなかった。髪型が少し違う。着ている服も、どこか古びたデザインだ。さらに奇妙なのは、僕の表情だ。どこか悲しげで、絶望的な目をしている。


「この僕は……誰だ?」


「それがあなたよ。」セリスが静かに言う。「でも、正確には、あなたの“可能性”の一つ。」


「可能性?」


「この迷宮では、あなたの無数の可能性が形を取る。鏡の中のあなたは、選ばなかった選択肢の果てに存在する“あなた”なのよ。」


僕は眉をひそめた。


「つまり、この僕は僕じゃない、ということか?」


「それを証明するのが、あなたの役目よ。」


セリスの言葉を聞いて、僕は深く息を吸った。この迷宮が要求しているのは、「自分が自分である」ことの証明だ。そしてそのためには、「僕が僕ではない」可能性を否定しなければならない。


「でも、どうやって証明する?」


その問いに、セリスは鏡の一つを指さした。


「この迷宮の鏡は、あなたの記憶を映し出すことができるわ。記憶が正しいかどうか、それをあなた自身で確かめるの。」


「記憶を?」


僕が鏡に手を触れると、そこに過去の情景が映し出された。それは僕が初めて異世界に転移した日の出来事だ。巨大な時計仕掛けのリスや、牢獄の中での銀髪の女との対話。


「これは……確かに僕の記憶だ。」


だが、記憶の映像が急に歪み、別の光景に切り替わる。そこには、全く見覚えのない「僕」がいた。そこには、何もない荒野をさまよう僕が、虚ろな目で歩いている姿が映っていた。


「これも君の記憶よ。」セリスが言う。「少なくとも、この迷宮がそう主張している。」


「違う。こんな記憶はない。僕はそんな場所にいたことがない。」


「それを証明するのが、あなたの課題よ。」


僕は言葉を失った。どうやって「存在しない記憶」を否定するのか?それは、「自分が自分であること」を証明する以上に難題だった。


第3章:反証の迷宮


「セリス、教えてくれ。この鏡が映しているのは、ただの可能性か?それとも、もっと深い何かなんだ?」


彼女は少し驚いた表情を見せたが、すぐに薄く笑みを浮かべた。


「鏡は可能性を映すだけ。けれど、それを見た時、あなたがその可能性を“嘘だ”と思うなら、それが真実になる。反証の迷宮では、真実と虚構の境界なんて存在しないのよ。」


「……つまり、僕がどう感じるかで、どちらとも決められるってことか?」


「感じるだけじゃないわ。証明するの。自分で自分を否定する、その過程がね。」


彼女の言葉に、僕は背筋が寒くなるのを感じた。どうやって自分で自分を否定する?自分の存在を揺るがすなんて、そんなことが可能なのか?


目の前の鏡が突然光を帯び、僕を引き込むように輝き始めた。


「この鏡に触れてごらんなさい。」セリスが言う。「きっと、あなたが探しているものを見せてくれるわ。」


半信半疑で、僕は鏡に手を伸ばした。その瞬間、視界が一変した。


僕は、無数の「僕」と対峙していた。


荒野をさまよう「僕」、死にかけた「僕」、全く知らない家族と過ごす「僕」。どれも僕で、どれも僕じゃない。


その中でも、特に目を引いたのは、一人の「僕」だった。


彼は高台に立ち、巨大な塔を見上げていた。彼の目には絶望が浮かんでいる。彼が握りしめているものを見ると、それは一本の剣だった。


「なんだこれ……?」


目の前の「僕」が振り返り、口を開いた。


「お前こそ誰だ?」


僕は言葉を失った。目の前の「僕」は、僕そのものだった。髪型、目の色、身長、表情、全てが鏡を見るよりもリアルだった。


「俺は折木遙だ。お前は誰だ?」


僕は反射的に答える。


「僕も折木遙だ。」


「じゃあ問おう。お前が折木遙だという証拠は?」


「証拠?」


「そうだ。お前が折木遙なら、お前の記憶、経験、思考は、全て“俺”と同じはずだ。それを証明してみせろ。」


僕は困惑した。記憶をたどる限り、この「僕」との違いが分からない。思考すらも似ているように感じた。


「証拠なんて必要ない。僕がここにいる、それだけで十分だ。」


「それは言葉遊びだ。」目の前の「僕」は冷たい笑みを浮かべる。「俺もここにいる。お前と何が違う?俺が“本物”でお前が偽物だという可能性を否定できるか?」


「僕は……」


「お前が本物を証明するためには、まず“俺が偽物”であることを証明しなくてはならない。」


この論理は致命的だった。どちらかが本物で、どちらかが偽物であると証明するには、根拠が必要だ。しかし、根拠を示す全ての材料は、僕たちの中で共有されている。


つまり、僕が僕であることを証明するためには、目の前の「僕」を全否定するしかない。


だが、その瞬間、思考が逆転した。


「待てよ……僕が本物で、お前が偽物だという証明なんて、そもそも無意味だ。」


目の前の「僕」が眉をひそめる。


「どういうことだ?」


「もし君が僕と全く同じ存在なら、君が本物でも、僕が本物でも、結果は同じだ。この迷宮の“証明”は、僕がここにいるかどうかを問うものじゃない。“僕が僕自身であることを疑えるか”を問うているんだ。」


「つまり?」


「つまり、僕が僕じゃないかもしれない、という仮説を肯定することで、初めて“僕が僕だ”と証明できる。自己を否定することでしか、自己を肯定できない。この迷宮はそれを問うているんだ。」


その瞬間、目の前の「僕」は霧のように消えた。セリスの声が遠くから聞こえてくる。


「正解よ。」


視界が戻り、僕は再び鏡の迷宮に立っていた。セリスが、少しだけ満足そうに微笑んでいる。


「君はどうやら、自己否定の論理を理解できたみたいね。」


僕は額の汗を拭いながら、彼女に問いかけた。


「これが迷宮の目的か?」


「いいえ。迷宮の目的はまだ先よ。でも、少しは近づけたんじゃない?」


彼女の笑みには、次の試練を予感させる何かがあった。


(続く)


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