一期一会の遭遇
「ここがシルド学園…。」
「正式名称はハルパニア王国国立シルド学園よ。」
目の前には空まで高く伸びた校舎が白金のように輝いており圧巻となっていた。
「今日は入学式だっけな。だから早く終わったのか。」
「ねぇ、帰りにここのカフェ行かない?」
「本当にいろんな人がいるね。」
「異種族の人達もここに入学しているからね。」
校舎へと向かう際に犬猫獣人やエルフと言った、人間とは異なる人種の人達ともすれ違ったりしてサーティは真新しい物がたくさんあって目移りしてしまう。
「おおっ!ここがシルド学園か!」
「あら、初めまして。あなたもここに入学するんですか?」
「おう!俺はサルサってんだ!よろしくな!」
気が付くと側には入学することに情熱を燃やす少年がいた。名をサルサと言い、深紅のオールバックが特徴的だった。
「私はロゼ。この子は私の幼馴染のサーティちゃんよ。」
「こ…こんにちは。」
「おう!よろしくな!」
「うっ…。」
父親以外で背の高い歳上の男に大声で叫ばれサーティは萎縮してしまう。
「ん?あ…ははっ!悪いな!驚かせたな。よろしくな。」
「う…うん…!」
しかし心境を察したサルサは目線を合わせて声量を抑えて話しかける。それでようやく安心したのか何とか返事するのだった。
「そこのお前!噴水で遊ぶな!」
「きゃはは!何でー!楽しいよー!」
入学ガイダンスを受けるために校舎内に入ると中庭には立派な噴水があるのだが何やら騒がしかった。
そこではボーイッシュな少女が子供のように水浴びをしていたそれを諌めようと厳格の青年が言い争っていた。
他の生徒達は面倒事に巻き込まれたくないか、或いは呆れているかのどちらかで、一瞥してからそのまま通り過ぎていく。
「楽しそうだな!」
「サーティちゃん。見ちゃダメよ~。」
「でも噴水で遊ぶの楽しそうだけど…。」
「マネしちゃダ〜メ。」
サーティとサルサは彼女らが気になっていたと言うより、噴水で遊ぶのが楽しそうと思うもののロゼが冷静に止めて2人を入学式が行なわれるグラウンドへと引っ張っていく。
「さて、ここが入学式が行なわれる場所ね。」
「何だか陸上競技場みたい。」
入学式が行なわれる場所はグラウンドの中央は青々とした芝生にアスファルトで舗装されたトラックが取り囲み、グラウンドと言うよりも陸上競技場に近かった。
「ううっ…。」
「ん?そこのお前、どうしたんだ?」
予想以上に大きなグラウンドに圧巻としていると、側で苦しそうなうめき声が聞こえ見てみると大きなリュックを背負った少年が倒れておりサルサは安否を気にかけて肩を貸す。
「ご…ごめんよ…ここへ来るまで思ったよりも距離があって…。」
「ケガをしたんですか?」
「いや…その…。」
ここへ来るまでにケガをして動けないと思い、ロゼはサーティが怪我した時用のために常備している救急箱を取り出す。
「思ったよりも筋肉があるわね…何処をケガしたの?」
「あの…実は…。」
まずは何処をケガしたか調べようと身体を触っていると腹部から腹の虫の音が響いてきた。
「…お腹空いちゃって…。」
「これで良いかしら?」
「はぐはぐ…ありがとう!お腹いっぱいだよ!料理が得意なんだね!」
このリュックの少年は空腹で倒れていたらしく、ロゼはバックからカップケーキを渡すと少年は美味しそうに平らげる。
「いつもサーティちゃんのために作ってるから…それよりもあなたは?お腹が空くほど遠くから来てたの?」
「僕はビート!バレルマウンテンから来たんだ!」
「バレルマウンテン!?あんな遠くから来たのか!」
リュックの少年ビートは話す限り、かなりの距離をお腹が空くまで来たとなると一体どれほど遠くから来たのかと思っていたがその場所を聞いてサルサもロゼも驚いていた。
「そこって遠いの?」
「国か山を4つぐらい越える必要があるわ。少なくともカーブルルでも3日は掛かるわ。」
「スゴいなお前!あそこからここまで歩きで来たのか!俺にはまだ出来ないかもしれないけど、いつかやってみせるぞ!」
相当な距離を歩いてきたことは確かで、サルサに関しては対抗心を燃やしていた。
「だから身体が筋肉質なのね。バレルマウンテンは鉱山や鉱脈が有名な場所だから自然と身体が鍛えられるのね。でも食事とかはどうしたの?」
「食材は道すがら集めてたんだけど、途中からとれなくなっちゃって…ここに到着した頃には底を付いてそのまま腹ペコで…。」
「大変だったんだね。」
「取り敢えず入学式で欠席せずに済んだよ。ありがとう!同じクラスになれると良いね!」
ビートはお礼を言ってリュックを背負い直し何処かへと去っていく。
「しつこいですよあなた!」
「どうしてもダメですか。」
すると今度は喧騒が聞こえ何事かと思い見てみると、女性とメガネの青年が何やら言い争いをしていた。台詞からして最初はナンパかと思ったが何か様子が違った。
「ここにはあれがあるはずですよね?誰にも言いませんし秘密にしますのでどうか…。」
「もう!入学早々、退学処分にされたいんですか!」
何か別の目的があるらしく何度も頼み込むも、おいそれと教える訳にもいかないのか断られてしまう。
「今のは何?」
「秘密とか言ってたけど…。」
一部始終見ていたが噴水の時と違って深入りするともっと面倒なことになりそうだと思い詮索は止めることにする。
「ここか…。」
同じ頃、サーティ達とは遅れて校門前に辿り着いた少女がいた。
「何あの子…捨て子?」
「酷い身なりだな…。」
その少女は否応なしに注目を集めていた。と言うのもその少女の衣服は制服どころか身体を覆う布切れと言う最低限な物しか身に着けていなかった。
その上で見てくれもボロボロで、表面も真っ黒に汚れていて、口元や身体も同じく何かしら汚れていて捨て子か狼に育てられたような雰囲気だった。
「校舎も立派だね。友達出来るかな?」
「サーティちゃんなら出来るわよ。」
「それに俺らはもう友達だろ!」
そんなことが起きているとは知らず、サーティ達は入学する学び舎の中を見て回っていた。
『…なりたい…。』
「え?ロゼお姉ちゃん、何か言った?」
「あら?何も言ってないわよ?」
「じゃあ、サルサ兄ちゃん?」
「ん?どうした?」
何か聞こえたと思ったがロゼもサルサも知らないようだ。
「ううん、ごめん。気のせいだった。」
『自由に…なりたい…。』
「え…?」
気のせいかと思ったが再び声らしき物が聞こえてきて振り返ると人型の光がこちらに手招きをしていた。
「……。」
「サーティちゃん…あら?」
知らない人にはついて行ってはダメだとロゼや母親からも注意されていたが、まるで光に集まる虫のようにサーティはその光について行ってしまう。
「サーティちゃん…何処?」
「あれ、何処に行ったんだあいつ…。」
ロゼもサルサもサーティを見失ってしまい、辺りを探してみるも影も形もなかった。
「はっ!?ここは…。」
サーティは気が付くと人を寄せ付けないような空気を醸し出す人通りのない暗い場所にいた。
「ロゼお姉ちゃん?サルサ兄ちゃん?」
親しい人はおろか人がいないことに心細くなるサーティ。
「うがあ!返せ!!」
「わあっ!?」
後ろから突き飛ばされたと思ったら上から何かのしかかる感覚にパニックになるサーティ。
「君は誰!?」
「返せって言ってるだろ!」
のしかかって来たのは校門前に佇んでいたあの少女だった。彼女は押し倒したサーティに何かを返せと喚いていた。
「返せって何を…。」
「あたしの頭領だ!」
「とうりょう…?」
聞き慣れない物を返せと言われてもどうしたら良いか分からないサーティ。そもそも誰かから何かを奪ったりしてないためなおさらだ。
「ん…くんくん…あっちか…。」
「あ…。」
すると目当ての物を持ってない、と言うよりも探している物の匂いは別の所にあると気が付いたのかその少女はサーティから降り、犬のように四つん這いで嗅ぎ回りながら探し始める。
「ねぇ、ここは何処?君は?」
「くんくん…。」
「…ねぇ…。」
「うるさいぞ!お前食っちまうぞ!」
「うっ!?」
ここのことを知っているかどうかは不明だが、何か知ってそうなために聞いてみるも怒られてしまう。
「君達、何してるの?」
「あれ…お姉ちゃんは噴水にいた…。」
「見てたんだね!あたしはミイス、ここに入学したんだよ。ボクは?」
険悪な雰囲気に関係ないと言わんばかりに現れたのは先程噴水で遊んでいたボーイッシュな少女ミイスだった。
「僕はサーティ。この子は…名前はまだ聞いてないよ。」
「お嬢ちゃん名前は?」
「うるさい!頭領を返せ!」
まるで野犬や野良猫のように邪魔をするなと言わんばかりにミイスに飛びかかる少女。
「捕まえた!」
「離せ!?」
しかし逆にミイスの抱擁によって捕らえられてしまう。
「大丈夫、大丈夫…名前を聞いたら離してあげるから…。」
「うっ…。」
相手はかなり汚れているのにミイスは宥めるように身体や頭を撫でて落ち着かせる。それには少女も次第に大人しくなる。
「名前は何て言うの?」
「…ジャオ。」
「ジャオちゃんとサーティくんか!よろしくね!一緒について行ってあげるよ。」
名前を聞き、このまま放って置くのもかわいそうと判断したのかサーティとジャオの手を引いて移動を始める。
「あれ…ここは?」
「てへっ、あたしも迷子になっちゃった♪」
ところが進めば進むほど見慣れない場所になっていき、結果的に3人揃って迷子になったと茶目っ気に言うミイス。
「まあ、その内誰かに出会う……あ、いた。」
「ん、君達は…。」
やたら重厚そうな扉の前に誰かいたと思ったら、教師らしき人物にしつこくまとわりついていたメガネの青年だった。
「そこで何してるの?」
「好奇心でここに入ろうとしてるのさ。少し集中するから邪魔しないでくれ。」
それだけ言うと彼は扉を開けようとコンソールと睨み合い何か操作し始める。
「頭領…。」
「ジャオちゃん?」
その時ジャオは呆然とした様子で重厚そうな扉に近付いていく。
「頭領!」
「何だね君は。」
「ジャオちゃん!?」
近付いたと思ったらジャオは扉を引っ掻いたり、噛み付いたりして破ろうとした。しかし重厚な金属製であるため破れる訳がなかった。
「そんな不合理的なことをしても意味はない。ここをこうすれば…。」
見兼ねたメガネの青年は再びコンソールを操作すると中から鈍い音がして、ビクともしなかった扉がゆっくりと開いていく。
「…!何をしたんだ!?」
「君の視点と考え方から言えば…鍵を開いてから扉を開けただけさ。」
「そう言えばお兄ちゃんの名前は?」
「私はパスナ。こう言う機械のことに関しては任せてくれ。さて、見つかる前にここに何があるか見てみるとしようか。」
青年はパスナと言うらしく、彼はここにある何かのために扉を開けたようだ。コンソールを見る限りではかなり複雑で凡人にはちんぷんかんぷんな代物だった。
「ここには何があるの?」
「残念ながらここは秘密の場所らしく私にも分からない。しかし知る権利がある以上はそれを見てみたいと思っての行動さ。」
天才肌のようなパスナでもここに何があるか分からないらしく、それならば何があるか知りたいと知的好奇心から扉を開けたようだ。
『ロック!ロック!』
『パワー!』
『リーリー!?』
『主よ…。』
『ケケケ…!』
「これは…?」
その部屋に入ってみると見たことも聞いたこともない生物や人間が、カードデッキのような容器に入れられていたのだ。
「何だろう?図鑑やテレビでも見たことがないワイルズビーストがいっぱい…それにこれって人?」
「おおっ!好奇心が刺激されるなこれは!」
「ほえ〜…。」
「……。」
初めて見る物に唖然としつつも興味を示すサーティ、そして彼以上に興奮した様子を見せるパスナにあまり動じた様子を見せないミイス。そしてジャオは何かを注意深く探していた。
そして彼らのこの行動が後にこの国と世界を揺るがす騒動を引き起こすとは夢にも思っていなかった…。