乳首ビンビン丸
その男は忽然として姿を現したかと思うと、敵方のそこそこ偉い武将の首を置いて跪いた。
「男一人、信長様の陣の末席へ置いていただければ光栄に御座います」
男には生傷が幾多として有り、その全てを戦場にて学び、そしてこれからも戦陣に身を置く以外生きる術を知らぬと見た信長は、即答した。
「名は?」
男は顔を上げた。
「幼き頃より身内が御座いませんでしたので、周りからは『おい』とか『お前』としか呼ばれておりません故……」
信長は笑った。そしてまたもや即答した
「それでは我が名付け親となってやろうぞ」
信長は二回三回と踵で草を踏むと、ゆっくりと立ち上がり男に向かって指を差した。
「今からお前の名は『乳首ビンビン丸』とする」
「──お待ち下さい!」
思わず立ち上がり声を発した光秀。
信長は声にはしなかったが『あ?』みたいな顔で光秀を睨んだ。
光秀は『いやぁ、それは無いっしょwww』みたいなノリで待ったをかけたのだが、信長の顔が本気だったので『やっちまったか……!?』と途端に不安になった。
「なんぞ明智……まさかお前……」
光秀は焦った。
信長が適当な名前をつけたのを諌めて、己が切腹を命じれる可能性が出てきた事に。
「いや、その……そ、そうで御座います! この男の乳首がビンビンかどうか確かめもせずに『乳首ビンビン丸』の御大層な名前は些か早計過ぎるのではないかと!」
口から出任せを発した光秀だが、まんざら『うーむ、確かにそう言われてしまえばそうかもしれんなぁ……』みたいな信長の顔を見て、安堵の顔を漏らした。
「では吟味を行う」
「──!?」
「何を阿呆みたいな顔をしておる明智よ。この者の乳首がビンビンであれば名前に問題は無かろう?」
光秀は焦った。
この場で血生臭いオッサンを半裸にひん剥いて、乳首がビンビンか否かの確認を行うと言うのだ。それも戦の真っ只中に。
もし乳首がビンビンであれば、光秀が何らかの処分の可能性が。
万が一乳首がビンビンでなかった。もしくはビンビン具合が不十分であった場合、男は打ち首になるかもしれない。
どちらにせよ良いことは一つもない。
「──お待ち下さい!」
光秀は止めた。
「なんぞ明智。貴様さては──」
「いえ、信長様の手を煩わせるまでもありませぬ! 乳首を検めるだけなれば、そこらの小娘にでもやらせるのが最良かと……」
光秀は訴えた。
オッサンがオッサンの乳首を観察したところで良いことは無い。乳首もビンビンなはずが無い。ならば小娘がオッサンの乳首を観察すれば、もしかしたら乳首がビンビンになるかもしれないとふんだのだ。
「……ほほぅ」
信長はすぐにそれを察した。
暴君とは言え、優れた観察眼があってこその天下人である。
「ならば帰蝶に検めさせようではないか。のう?」
「──なっ!」
光秀は冷や汗をかいた。
信長の正妻である帰蝶相手に乳首がビンビンだった場合『貴様! 我の妻相手に何を乳首ビンビンにさせておる!』と、首が飛ぶ可能性があった。
「もはや異論は認めん」
信長は外套を翻し、去っていった。
光秀はすぐに男の側へ駆け寄り、持っていた金を握らせた。
「悪いことは言わぬ。これを使い遠方へ落ち延びよ」
だが男は言った。
「いや、俺は信長様がくれた『乳首ビンビン丸』として生きる。失礼!」
男は立ち上がり、先陣へと戻っていった。
「我こそは乳首ビンビン丸なるぞ!!」
戦場に乳首ビンビン丸の名が轟いた。
誰もが乳首ビンビン丸を恐れた。
「変な奴がいるぞ」
「近付くな。撃ち殺せ」
火縄銃が乳首ビンビン丸に向けられた。
「危ない!」
心配になり後を追っていた光秀が乳首ビンビン丸を押し倒した。
が、銃弾は光秀の胴体を突き抜けていた。そして光秀は静かに息を引き取った。
「……光秀殿?」
乳首ビンビン丸は命を呈して助けてくれた光秀に涙した。
「今明智光秀みたいなのがいなかったか!?」
乳首ビンビン丸はすぐに光秀の装備を自らの物と交換し、走り出した。
「明智光秀だ! 引っ捕らえよ!!」
乳首ビンビン丸は走りながら泣いた。
「我こそは乳──明智光秀なり!!!!」