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王都鳴動 黒猿跋扈



人間の形をした黒い塊が、周りに血の臭いを撒き散らしながら、一心不乱に空腹

を満たしていた。


・・・・・・・・グチャッグチャッグチャッグチャッ・・・・・・・


スラムの暗がりに獣の様な咀嚼音が響くが、聞く者は居ない。

多くの住人が移動してしまい、誰も居なくなった廃屋だけが耳をそばだてていた


・・・・・・・・グチャッ・・・ズズッ、ズズッ、ズズズズッ・・・・・・

全身を覆う黒い体毛が月明かりさえも蝕む様は、さながら闇神マグニの眷属であ

る黒猿そのものだった。


・・・・・・・・・・グアッ、グッ、ゲフッ・・・・・


空腹が満たされ満足したのか、黒い塊は静かに闇に溶け込んでいった。


 カート「またかよ、今月に入って何人目だ」

フランツ「これで三人、先月の八人を入れれば十一人目です」

 カート「五日に一人かよ・・・・・・」


警備隊員の二人は、警邏中に死体が有ると通報を受けてスラムにルートを変える

と蠅が集り始めてからやっと死体が有る事が分かる様な誰も通らない路地の暗が

りに異常な状態の死体が転がっていた。


カート「いつもの奴だ、間違い無え」


首筋に噛み切られた様な傷、恐らくこれが致命傷だろう。

問題なのは切り裂かれた腹部と無くなっている内臓、それと少なすぎる流血だ。

これまでの被害者達は年齢も性別も貴賤もバラバラだったが、死体の状況だけが

全て同じだった。


 カート「犯人は異常者か何かだろう、常軌を逸してやがる」

フランツ「・・・・これ、本当に人間の仕業かなあ」

 カート「阿呆、いくらスラムとは言え王都の中に魔獣が居るかよ」

フランツ「いや、魔獣じゃ無いけど、何か、こう、」


どうしても人間の仕業には思えないのだ。


 カート「余計な事を言うなよ、どうせ仕事は俺らに丸投げなんだ、面倒が増え

     るぞ」

フランツ「わざわざ言いませんよ、あんな色狂いのデブなんかに」

 カート「詰所に来たことも無いからな、あの隊長」

フランツ「どうせまだ女の所ですよ、あの性欲豚」


隊長のダマハは一応父親は子爵だが、五番目だか六番目だかの妾の子で貴族籍の

貰えない私生児だ。

この子爵、本妻が死去した途端後妻を取る事を拒否、平民の女に家を持たせて妾

にした。

その数、なんと十一人。

ダマハの性欲は間違いなく父親である子爵から受け継いだ物だろう。

そして挙句にと言うか、当然と言うか、女との時間と金を捻出する為には普通に

職務をこなしていたのでは不可能だ。

当然、部下にしわ寄せが来る。

業務の殆んどを部下に押し付け、職務時間の九割以上を資金の捻出と娼館や妾の

家に通う事に費やした。

こんな上司の為に部下が真面目に働く訳が無く、深夜の巡回など一度として行っ

ていなければ、調査や捜査なども形だけしかしなかった。

結果、被害者の処理だけで、犯人の手掛かりなど、微塵も掴んでいない。


ダマハ「馬鹿者が!まだ犯人を捕まえられんのか!」


警邏中、いきなり呼び出されたカートはダマハから罵倒を浴びせられていた。


カート「すいません、何せ手掛かりを何も残しませんので・・・・」

ダマハ「言い訳をするな!」

カート「・・・・・・はい」

ダマハ「一体何日掛かっているのだ!」

カート「申し訳ありません」

ダマハ「職務怠慢だと分かっているのか!」

カート「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ダマハ「何としてでも我が警邏隊が捕縛するのだ!」

カート「解りました・・・・・・」

ダマハ「もし取り逃がしでもしたら全員クビだからな!」

カート「はあ?今、何と?」

ダマハ「クビだと言ったんだ!わかったらさっさと行かんか!」

カート「・・・・・・・・」

ダマハ「無能者めが!」


一方的に捲し立てるダマハに背を向けたカートはそのまま返事もせず執務室から

出ると、詰所に戻った。

今まで全く無関心だったくせに今更偉そうに指図するダマハに心底頭に来ていた


カート「あんのクソ豚が!」


仕方なく警邏に出たが怒りが収まらず、道端の樽を思い切り蹴とばした。


フランツ「荒れてますねえ、先輩」

 カート「あの豚、犯人を捕まえなければクビだと抜かしやがった」

フランツ「その事なんですけど、どうも懸賞金を使い込んだみたいですよ」

 カート「マジか!」

フランツ「ええ、経理の女の子が頭を抱えてました」

 カート「良くわかったな」

フランツ「実は経理のラナ、俺の彼女なんですよ」

 カート「こいつ、いつの間に」

フランツ「へへへ」

 カート「そうと決まれば話は早い、サボるぞ」

フランツ「そう来なくっちゃ、まずは酒場で聞き取りですか?」

 カート「いや、まずは腹ごしらえだ」


このまま放置しておけばダマハは勝手に破滅してくれるのだ。

二人は捕縛に動くどころか、率先して情報漏洩を始めた。

毎日、あちこちの酒場で捜査の進み具合や現場の状況などを口にしたが、もっと

も話題にのぼったのは、その懸賞金の額だった。

被害者が増える度に憲章金額は増え、比例して懸賞金目当ての冒険者も増えた。


 カート「ケケッ、このまま冒険者に犯人を捕まえて貰おう」

フランツ「そうなれば、ダマハの豚は」

 カート「ああ、破滅だ、下手すりゃ死刑だって有り得る」

フランツ「いい気味ですね」

 カート「それよりも彼女は大丈夫なのか?」

フランツ「責任を押し付けられると困るんで、三日前に辞めさせましたよ」

 カート「正解だ、やるじゃないか」

フランツ「おかげで結婚する羽目になりましたけれどもね・・・・」

 カート「それは、その、まあ、なんだ、あ~、おめでとう?」

フランツ「あう~」


当然、警邏隊も捜査はしているが、とにかく圧倒的に人数が違う。

それにに通常の業務も有るので、実質の捜査人員はやっと二桁になる程度だ。

これに焦ったのが、隊長のダマハだ。

このままでは、懸賞金の使い込みが露見してしまう。

そうなれば、職を失うどころか間違いなく破滅だ。


ダマハ「クソがっ!」


隊員に発破をかけても怒鳴っても結果は何一つ現れない、手掛かりの一つも掴む

事が出来ない。

それどころか、空返事ばかりで真剣さなど微塵も感じられない。

いくら鈍いダマハでも、隊員たちが自分に反目している事ぐらいは分かった。

だが、こうしている間にも冒険者は日を追うごとに増えていくのだ。


ダマハ「まずい・・・・・」


八方塞の上に後が無くなったダマハは、自分で犯人を捕らえる手段に出た。

最近、夕方から剣を携えて出て行くダマハを見た隊員たちは、その姿を嘲笑と共

に見ていた。

無駄な足掻きだと、もし仮に犯人に遭遇したとしてお前に捕縛出来るのかと。

幾ら剣術スキルを持っていたとしても、訓練どころか日頃の業務さえ疎かにして

欲望の赴くまま、長い間女に溺れていたダマハの体は弛みきっていた。

ゴブリン一匹倒せない程にだ。


 カート「せいぜい足掻けば良いさ」

フランツ「自業自得っしょ」


蔑んだ視線を背に受けてもダマハに諦める選択肢は無かった。

使い込んだ金額が大きすぎて、密かに返済する事が出来ないからだ。


ダマハ「いったい何処に居やがるんだ」


毎晩、ランプを片手にスラムを中心に歩きまわったが、犯人どころか猫の子一匹

出て来ない。

そもそも犠牲になる住民が殆んど住んでいないのだから当たり前なのだが、ここ

でやっと気が付いた。

犯人は、スラムに死体を捨てに来ていただけではないのかと。


ダマハ「なら、ここでは無く上町を捜査するべきだったか、クソッたれめ」


無駄にした数日を嘆きつつ踵を返したダマハの目に暗がりで祈りを捧げている一

人の男が映った。

灯り一つ無いスラムの更に奥の路地の隅、月明かりが無ければ自分の指先さえ見

えない闇の中にうつむきながら膝をつく男をだ。


ダマハ「司祭がこんな所で何をしている?」


フードで顔は見えないが黒い修道服は司祭の証拠でもある。

司教は淡灰色、大司教は深青、教皇に至っては純白と明確に決まっており、一目

で位階が分かる様になっている。


 司祭「神に召される無垢な魂に祝福を・・・・・」

ダマハ「なんだと!どけ!」


司祭を押し除けた先には、ランプに照らし出された若い女の半裸死体が転がって

いた。

噛みちぎられた首に少ない流血、全て無くなった内臓、間違いなく十四人目の犠

牲者に間違い無かった。


ダマハ「くそっ、もう少し早ければ犯人を捕まえられたのに」


千載一遇のチャンスを逃したと思ったダマハだったが、もしかすると司祭は何か

を見たかも知れない、そう思って振り返ると司祭に問いかけた。


ダマハ「犯人を見たか?」

 司祭「いいえ」


うつむいたまま短く答えた司祭だったが、それが気に障ったのか、ダマハは尚も

問い詰め始めた。


ダマハ「何でもいい、何か見てないのか!」

 司祭「はい」

ダマハ「ここに来るまでに誰かに会っただろう」

 司祭「いいえ」

ダマハ「誰にも会わなかっただと?」

 司祭「はい」

ダマハ「そんな訳が有るか!よく思い出せ!」

 司祭「・・・・・・・・・」

ダマハ「今度はだんまりか・・・・・・・・・ふむ」


ダマハはこの司祭をみて、ふと思いついた。

この男を犯人として捕縛すれば、取り敢えず時間を稼げるのでは?

いや、上手くゆけばこの男を真犯人として、でっち上げる事も可能なのでは?

この状況なら自分が証言すれば確実に罪を着せる事が出来るのでは?

この考えはひどく魅力的だった。

躊躇する理由は無い。


ダマハ「お前が犯人なのだろう?そうだ、そうに違いない」

 司祭「・・・・・・・・・」

ダマハ「否定しないと結う事は、自供したのと同じだ」

 司祭「・・・・・・・・・」

ダマハ「ひひ、これで全部丸く収まる」

これで安心して眠る事が出来る、ダマハの心は安心感に満たされていた。

ダマハ「さあ、捕縛する立て!」

 司祭「・・・・・・・・・」


しかし、無言で立ち上がった司祭の顔がよく見えない。

不振に思ったダマハがランプを司祭の顔に向けたが、困惑するだけだった。


ダマハ「・・・・・・なんだ?」


髪で顔を隠しているのか、目も鼻も口も見えない。

確認しようとフードを覗き込んだ途端にダマハは小さな悲鳴を上げて硬直した。


ダマハ「ひっ」

 司祭「・・・・・・魂に祝福を」


開いた眼は赤く瞳孔は金色に光り、大きく裂けた真っ赤な口には白く濁った牙が

無数に、まるで鮫の様に生え黒く短い毛が顔中を覆っていた。

そして何より異常だったのは、何処から見ても猿の魔獣にしか見えないのに人語

を喋り修道服を着ているのだ。


司祭「・・・・・・魂に祝福を」


毛むくじゃらの長い腕がダマハの両肩を掴んで引き寄せ始めたが、そうなっても

首を左右に振って弱々しい抵抗を示すだけ。

ダマハのお粗末な頭脳はとっくに容量を超えて機能不全を起こしていた。


 司祭「神に召されよ・・・・・」

ダマハ「い、いや・・・・いやギッ・・・ガフッ・・・・・・」


真っ赤に裂けた口に並ぶ牙がダマハの喉を噛み千切った。


・・・・・・・・・・・ゴクッ、ズズッ・・・・ズズッ・・ズズッ・・・


断末魔の苦痛に痙攣する体から流れ出す筈だったダマハの血は、その殆んどをこ

の異様な司祭の喉を通っていった。

後はその内臓を残らず貪り食い尽くされるだけ、ダマハは自らの死をもってその

職務を全うしたと言ってよかった。

そしてダマハの死が公になると、隠蔽しまくっていた情報が一気に王都中に流れ

出した。

そしてそれはリット達明鏡止水や羽蝶蘭がアテオス領から戻って来る直前に九鬼

やオーティスの耳にも入ってきた。




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