合同討伐
多少の混乱は有ったものの、クラン五稜郭の初遠征は順調に終わろうとしていた。
だが、領内の魔獣を殲滅し続け羽蝶蘭と合流を果たした最終日にそいつは現れた。
エマ「草原の右手奥に何か居る!感じた事も無い大きな気配!」
リット「距離は!」
エマ「およそ600m!こっちに向かってくる!」
ライナー「ユナさん!」
ユナ「まずは領兵達を退避させましょう」
セーナ「合同で陣形を組みます」
九人の中で索敵能力に特化したエマを中心に弓術もちのアイナとマナ・ミナがその
周りを固め、前面で剣を振るうユナやリット達を援護する陣形を取った。
これは格上に対峙する時に取る形だが、普段は九鬼相手の模擬戦に使っている。
リット「まさか師匠みたいな化け物じゃ無いだろうな」
アイナ「やめてよ!縁起でも無い・・・」
セーナ「・・・・・・当たらずとも遠からずみたいよ」
密集した灌木の後ろから足音も草ずれの音も立てずに四足の、それも乗用車並みの
巨体をした魔獣がノッソリと現れた。
ユナ「・・・・・・・・・・オニキスタイガー」
ガイン「あれが?・・・・・・」
ユナ「多分ね、私も実物を見るのは初めてよ」
リット「ギルドの図鑑でしか見ない奴だ」
ライナー「強敵・・・・だな」
ユナ「ええ、間違い無くね」
まるで宝石の様な輝きと硬度を誇る飴色の体毛が全身を覆う強靭な防御力とネコ科
の動物特有の俊敏さを兼ね備えるB++のクラス最強魔獣だ。
現に、後方に退避した衛兵達は固まったまま動けず、ソフィーナに至っては恐怖の
余り、その場にへたり込んだ。
ガイン「硬そうだな・・・・・・・・・・まともに斬れる気がしねえぞ」
リット「弱点は何処だと思います?」
ユナ「詳しく知らないけど、多分目と喉、後は腹かしら」
マナ「初見だもの、しょうがないわ」
セーナ「まあ、弱点だとしても楽には狙わせてくれないでしょうね」
リット「一旦、引きあげて詳しく調べてみるのが正しいのだろうが・・・」
アイナ「奴、すっごい涎を垂らしてるわよ」
ライナー「俺達を獲物だと思っているなみたいだが・・・・・なあ、どう思う?」
全員の気配が一気に剣呑な物に変わる。
濃厚な殺気が辺りに満ち始めると、敏感に反応したしたオニキスタイガーは全身の
毛を逆立てて警戒し始めた。
リット「気に入らないなあ」
ユナ「ええ、気に入らないわ」
セーナ「自分が強者と思い込んでいる所が癪に障るのよねえ」
ライナー「随分と甘く見られたもんだよなぁ」
ユナ「ええ、気に入らないわ」
マナ「舐められてるね」
ミナ「舐められてるわ」
エマ「・・・・・・・・殺っちゃえ」
もはや、陣形もクソも無い。
守りを主体とする筈が、いつの間にか攻撃一辺倒に傾き始めた。
一方、狩る側から狩られる側になった老練な虎の魔獣も、自らの豊富な経験により
二本足の生き物は弱いと結論づけ、本能に逆らって空腹を満す事を選択した。
《グロロロロロロロ・・・・・・・・》
野生の本能を無視した魔獣と、人間である事の枷をかなぐり捨てた九人の混戦が始
まろうとしていた。
領兵「お、お嬢様、彼らは一体何を言っているのですか?」
領兵「相手はオニキスタイガーですよ、化け物ですよ、それを・・・」
ソフィーナ「わ、私にきかないでよ!」
領兵「お嬢、静かに、声が大きいです」
ソフィーナ「あわわ、ごめんなさい」
ランクB++と言えば人間の生活圏に出没する魔獣の最上位に当たり、軍隊規模の
討伐要請が出される類の物で、もし遭遇する事にでもなれば運を天に任せて一目散
に逃げる選択肢しか無い、死神にも等しい魔獣なのだ。
それを相手にまるで見下している様なリット達の言動が理解できないのだ。
《グロロロロロッ》
ライナー「オラアッ」
唯一の盾持ちであるライナーが振り下ろされた前足を弾き飛ばしたのを合図に全員
が一斉にオニキスタイガーに襲い掛かった。
リット「シッ!くそっ!」
《シャアアッ》
後ろ脚を狙ったリットは振り回された尾を捌く為に一旦剣を引き戻し、右手後方に
受け流したが鞭の様なしなりに後退するしかなかった。
しかしその僅かな隙間にガインが剣を突き込んだ。
ガイン「つりゃっ!チイッ、硬え」
だが、行動の自由を奪う為に狙った後ろ足には僅かな傷さえ付けられなかった。
ユナ「体表はやっぱり無理ね」
セーナ「ええ、師匠なら別でしょうけど」
ユナ「私はまだ人間を辞めるつもりは無いわよ」
セーナ「なら・・・・・・・・・・狙うのは此処よ!」
《ギャィンッ》
オニキスタイガーは爪と肉球の隙間に剣を突き立てられて悲鳴を上げた。
致命傷には程遠い物の、痛みは簡単に無視できる代物では無く注意は手足に振り向
けられる事になった。
そこに出来た隙をマナとミナが突いたのだが・・・・・。
マナ「うそっ、はじかれた!」
ミナ「喉の毛の方が硬い!」
ガイン「ちょっとマズいな、これ」
柔らかそうに見えた喉から腹にかけて生えていた短く白い毛の方が背中や手足より
も刃を通し難い事に二人が動揺したのを見たオニキスタイガーはほくそ笑んだ。
やはり此処に居る人間は自分の餌だと。
先程の悪寒も後足の痛みも空腹より優先する程の事では無い、そう結論づけた。
そして最初の獲物に決めたのはエマだった。
《ゴガアアアアッ!》
エマ「ツッ!」
ライナー「ふざけるなよ!このくそ猫が!」
群れの中で一番小さな個体に動けない程の傷を負わせれば、残った獲物の逃走を防
げると思ったオニキスタイガーはエマに襲い掛かったが、爪が届く寸前に間に割り
込んだライナーの盾に防がれた。
群れの中で一番弱い者から狩るのは肉食獣の本能なのだが、そんな事などリット達
には関係ない。
妹が、仲間が、そして憎からず思っていた相手が狙われたのだ。
瞬時に頭が沸騰した。
リット「・・・・・・ただで済むと思うなよ」
ガイン「この卑怯者め」
ユナ「クズが・・・・」
今までは自分自身の安全領域を確実に確保する様、九鬼に厳命されていたのだが、
そんなものは頭の中から消し飛んだ。
枷の外れた鬼の集団が一斉に魔獣に群がった。
《ギギャアアアアアアアアッ》
アイナ「逃がすか!この!」
《ギヒッ》
マナ「うりゃっ!」
《ガアアアアアアアアッ》
ミナ「ほら、こっちも!」
《ミギャアッ》
あっという間に前足の肉球を切り刻まれたオニキスタイガーは、激痛の余り後足で
立ち上がると、あろうことかバランスを崩して仰向けに倒れてしまった。
弱点の集まる頭部が目の前に、それも無防備に晒されて躊躇する馬鹿は居ない。
血まみれになった掌をマナとミナが骨の見えるまで抉ると、注意のそれた頭部に残
りの七人が殺到した。
ライナー「くらえ!」
《ガアアッ・・・・ガハッッッ》
ライナーは楕円形をしたバックラーに近い小さ目の盾を、オニキスタイガーの口が
閉じ無いように突っ込むと、そのまま押さえつけようとしたが幾ら大柄なライナー
でも力では到底敵わない。
ライナー「ぐううううっ」
エマ「ライナー!」
スッポリ収まってしまった盾に無防備な口内を晒してしまったオニキスタイガーは
恐怖と苦しさの余り激しく首を左右に振り、その度に長い牙がライナーの腕に突き
立つがその流れた血の分だけ、付け入る隙が増えた。
リット「十分だ!盾を離せ!」
セーナ「今!」
ライナー「おう!」
盾を手放し後ろに跳んだライナーと入れ替わったガインとユナはオニキスタイガー
の閉じない口と盾の隙間に剣を真直ぐ突き込んだ。
ガイン「おりゃー!」
ユナ「ふん!」
《グギャアアアッ・・・・ゴボッ》
剣先は先ず口腔内を貫通して太い首の動脈と脊髄の一部に傷をつけた。
当然、溢れ出した血で呼吸すら困難になりオニキスタイガーは空気を求めて其処ら
中に自らの血を撒き散らし、木や草やリット達までも真っ赤に染めた。
さらに激痛とコントロール出来なくなった運動神経に、ただ狂った様に暴れるしか
無くなったオニキスタイガーの両目をマナとミナが潰しにかかる。
マナ「セイッ!」
ミナ「ヤッ!」
反応の鈍った体では到底防ぐ事も出来ず、視界をも奪われ死を待つばかりになって
初めて後悔をした。
何故自分は警告していた本能に従わなかったのか、なぜ逃げなかったのか、と。
しかし全てが遅すぎた。
大量に流れ出す赤い血と比例する様に命の火も霧散していった。
今は唯の大きな死体でしか無い。
エマ「もう!無茶するんだから」
ライナー「悪い、頭に血が昇った」
左腕に治癒魔法を掛けながら注意を促したエマだが、その無茶をした原因が自分に
真っ先に襲われた自分に有る事を知っているのだ。
だが、しかめっ面を装うにも嬉しくてにやける口元が邪魔してどうにもならない。
あまつさえ、横に転がっているのはBクラス最強の魔獣の素材に成り下がった姿だ
むせ返る血だまりの中で愛と金貨を同時に手に入れた少女は幸せだった。
リット「酷い絵図らだ・・・・・・・・・・」
ユナ「貴方たちも変わらないわよ、私達もだけどね」
ガイン「確かにそうだな」
セーナ「そんな事より早く帰って着替えましょうよ、それと風呂ね」
マナ「私は水浴びでも構わない」
ミナ「駄目よ、覗かれちゃうわ」
ガイン「なら有料にすれば大金が取れるぜ」
マナ「ギルティー」
ミナ「有罪、師匠に報告」
ガイン「調子に乗りました!ごめんなさい」
血の海の中で明るく笑う者とその傍らで愛を育む者。
この世の物とは思えないその光景は、後ろに退避していた者達の感情を真っ二つに
分けた。
ただ恐れ、畏怖し、距離を取りたいと切望する領兵と、その修羅を纏う鬼の集団を
美しと、仲間になりたいと羨望する領主の三番目の娘とだ。
元々素質が有ったのか、それとも感化されてしまったのか、人外への道を望み始め
た、ある意味不幸な少女は目を輝かせていた。
そしてもう一人の不幸な者、三人の娘の父であり、シリウスの夫でもあるアテオス
領主ロイス・グレージャー男爵は頭を抱えていた。
ロイス「オニキスタイガーだって?幾ら払えば良いんだこれ・・・・・」
大量の魔石を伴うゴブリンの指名依頼に始まったロイスの受難は、絶滅を危惧する
程のソードラビットやフォレストウルフ等のEクラスの魔獣を皮切りに、館の中庭
を占領しかけ、膨大な肉をもたらしたブッシュボアやラッシュブル等のDクラス、
素材用に空けて置いた北の倉庫を溢れさせたフォレストサーペントやヘラクレスセ
ンチピートのCクラス、そして止めが、薬師ギルドが狂喜乱舞するスケールベアと
普通なら王家に献上して、褒章や爵位を貰うオニキスタイガーである。
ロイス「予算が・・・・・・・・・・・・・・」
向こう十年分の魔石まで確保する羽目になり、来年度の予算まで注ぎ込んでも到底
足りない。
途方に暮れていたロイスの下にユナとセーナが訪ねて来たと家宰が告げた。
コンラット「どうなさいます、旦那様」
ロイス「支払いの件だろう、会わない訳には行かない」
コンラット「では、御通しします」
暗鬱な気持ちで会う事に決めたロイスだったが、直ぐに晴れやかな顔を取り戻した。
ロイス「つまり、支払いは討伐した魔獣の素材を売却してからで構わないと?」
ユナ「はい、師匠から伝えるようにと言付かっています」
ロイス「有り難い、正直、予算的に厳しかったんだ」
セーナ「それと、追記でアフェンドラ辺境伯に高値で売りつけてやれ、と」
ロイス「あはははは、何とか頑張るよ」
ユナ「金は有る所から取り上げれば良いと、言ってました」
高値で押し付けろと言われても、義理の弟とはいえ貴族の地位は向こうが遥かに上
であり、慣例と礼儀を考えれば非常に困難な要求だ。
安すぎれば採算が取れず、高すぎれば良識を疑われ、更に売買を格下の貴族が持掛
けるのは下品とされる。
しかし、ロイスの下級貴族としての悲哀と苦悩は全て無駄だった。
ロイス「はは、何だか拍子抜けだな」
リット達明鏡止水と羽蝶蘭の二パーティーが王都への帰路についてから僅か四日後
噂を聞きつけた商人や鍛冶や薬師などの各種ギルドが大挙してアテオス領に押し掛
けて来たのだ。
Dクラスだけならまだしも、Cクラスの魔獣が大量に討伐されたとなれば素材を買
い占められる心配をしなくて済む、つまり買いそびれる事が無いのだ。
こんな機会を逃す商人は少ない。
おまけにBクラスも混ざっているとなれば、買い付けにも熱が入る。
更に。
リカルド「言い値を払う、この虎を売ってくれ!義兄殿!」
呆れた事に態々辺境伯本人がオニキスタイガーの買い付けにやって来たのだ。
ロイス「言い値って・・・・・・そもそも何でそんなに欲しがるんだ?」
リカルド「贈り物にする」
ロイス「まさか女・・・・・・・・・・・・て事じゃ無さそうだな」
リカルド「むさ苦しい爺だ」
ロイス「爺?」
リカルド「トリオン公国、公王セルゲイ・トリオン17世」
ロイス「いったいどうして、何で公王?」
リカルド「あのクソ爺、密かに戦の準備をしてやがる」
ロイス「戦?」
リカルド「少しずつ国境の兵を増やしてる」
トリオン公国はアマルティアと国境を接する周辺6国の中の一つで、大陸最小とま
では行かないが小国に分類される国だ。
国土はアマルティアの五分の一程度で兵力に至っては十分の一以下である。
リカルド「そのくせ、領土欲だけは他国の数倍だから始末が悪い」
公王セルゲイは即位してから数十年と言うもの周辺国の領土を、それこそ岩石の一
つや馬車一台分の荒地までも自国の領地だと言い張り、難癖や言いがかりを付けて
は取り込んで来たが、そんな土地が幾ら寄せ集まっても麦一袋分の収穫も無い。
リカルド「それならと、何度か周辺国に侵攻を試みたが一度として領土を勝ち取っ
た事が無いんだ」
何か良い方法は無いかと煮詰まっていた所、そこに目をつけた、これまた周辺6国
の内の一つであるケイロニア帝国が話を持掛けたらしい。
我々が北から攻めるので、その隙に西方より侵攻されては亥かが、かと。
勿論ケイロニアが先に動く訳が無く、公国が騒動を起こしてアマルティアに隙が出
来るのを待っているだけだ。
ロイス「だから贈り物をして機嫌を取る?」
リカルド「違う違う、機嫌を取るんじゃない、脅すんだ」
ロイス「脅す?これで?」
リカルド「奴は欲深い馬鹿だがそれ以上に臆病なんだ、知っているだろう」
ロイス「ええ、有名ですから」
過去の侵攻でも、自軍が少しでも不利になれば脱兎のごとく撤退してしまうのだ。
特に酷かったのは第二次グリム公国侵攻作戦であろう。
敵が起死回生の奇襲に失敗して逃げる際、苦し紛れに放った一本の矢がセルゲイの
天幕近くに落ちた事で恐慌状態に陥り、将軍や参謀の意見など一切無視して撤退し
てしまったのだ。
それもグリム公国の半分が手に入る寸前にだ。
以来、セルゲイの天幕は戦場の遥か後方に張られる事になったが、これでは士気な
ど上がる筈が無く、勿論戦に勝った事も無い。
リカルド「この無傷に近いオニキスタイガーを見れば、小心者の奴は間違いなく二
の足を踏む」
ロイド「つまり、こちらにはそれだけの戦力が有るぞ、と?」
リカルド「奇襲を掛けられたいのか、とな」
ロイド「しかし、そこまでしなくとも国境に兵を動かすだけでも」
リカルド「いや、たとえ国王が腑抜けでも兵士は屈強だからな、不用意な遭遇で要
らぬ犠牲が出ないとも限らない」
先々代の公王は勇猛で名を馳せた傑物で、異常発生したグランドリザード数千匹相
手の殲滅戦は物語や御伽話にもなっている。
その傑物が鍛えた軍の残照がまだ幾ばくか残っているのだ。
ロイド「つまり金で済むならそれに越した事は無いと?」
リカルド「そう言う事」
ロイド「分かりました、それでは、なるべく高い金額でお譲りしましょう」
リカルド「・・・・・・・・そこは出来るだけ安くしてくれる流れなのでは?」
ロイド「てへ」
だが、結局オニキスタイガーは五稜郭に渡す金額そのままでリカルドに渡された。
ロイドにとっても自国の問題でもあったが、義弟であるリカルドにいい恰好をした
いと思ったのも大きな要因だ。
その事で不機嫌になるかと思われたシリウスだが、意外にも非常な上機嫌でロイド
に抱きついた。
シリウスにすれば、これで実家への面目も立ったし、何よりこれも武功の一つであ
る。
荒事が苦手で一生縁が無いと思っていたロイドが初めて獲得した功績が嬉しくて堪
らないのだ。
メイド長「ここから先に行かせる訳には参りません」
再び二人の寝室がある最上階をメイド長が立ち入り禁止にした。
四女か長男をグレージャー家が授かるのも、そう遠い日では無いのかも知れない。




